第19話 双子星

 カリンは背中にジイを背負って、汚染区域の廃墟の中を逃げ回っていた。

 カリンの背後からは、フルフェイスの防毒マスクと防護服に身を包んだ武装警察、UNポリスの一群が迫ってきている。


「止まりなさい!」


 当然のことながら、警察の呼びかけに耳を貸すわけもなく、カリンはすぐそばの廃ビルの中へ逃げ込む。カリンはジイを背負ったまま廃ビルの中を屋上まで一気に駆け上がると、そこから今度は隣のビルの屋上へジャンプした。

 眼下には、宙を飛ぶカリンの様子を唖然として見上げるUNポリスたちの姿があった。

 カリンはそのまま、廃ビルの屋上から屋上へと次々に飛びっていく。


「くそっ、何てやつだ!」

「対象は、現在地より北東方面に逃走中。至急応援求む」


 だが、カリンの尋常でない俊敏さと跳躍力を前に、防護服姿で思うように動けないUNポリスたちは追いつくことができず、廃墟の群れの中にその姿を見失ってしまった。


 カリンは、背後に追手の姿を無いことを確認すると、ようやく背中からジイを下ろした。


「それでジイ、『幕屋まくや』はどこ?」


 ジイは黙って一点を指差した。


「あそこね」


 カリンとジイが辿り着いたのは、なんの変哲もない倉庫のような巨大な建物である。

 倉庫の中は、ところどころ屋根に穴が開いている以外は、だたっ広いだけで、ゴミや瓦礫のようなものすら無い。

 ただ倉庫の中央付近には、ポツンと白いテントのようなものが張られていた。


「あれが『幕屋』?」


 テントに近づこうとするカリンに対し、背後からジイが大きく肩を引っ張った。


「ジイ、痛いじゃない! どうしたの?」

「あの方の許しなく『幕屋』に近づくことはならぬ!」

「教主様が中にいらっしゃるかもしれないでしょ」


 その時である。

 ジイが『幕屋』と呼ぶテントが大きく震え出したのだ。

 同時に、唸り声とも金属音ともつかぬ、異様な音が周囲に響き渡る。


常世とこよ様じゃ。常世神とこよがみ様がお目覚めになられようとしておる!」


 ジイはその場に跪き、『幕屋』に向かって必死に祈りを捧げ始めた。



 ユイの視界には、ストリートの様子も、周りの観客たちの様子も目に入っていなかった。

 ただただ、自分の身体が深い海の中をたゆたうような、そんな不思議な感覚にとらわれていた。

 その深い海の底に、まばゆく光る何かがあった。

 ユイはそれに向けて大きく手を伸ばそうとする。

 ユイの手が、その光るものをつかもうとしたその瞬間、それはスルリと手の間から抜け出してしまった。

 ユイはその光るものを必死で追いかけ、まるで人魚のように海の底を進む。

 だが、ユイがようやく追いついて手を伸ばすたびに、それは再びユイの手の間からすり抜けて行ってしまう。

 そんな事を繰り返しているうちに、ユイは、いつの間にか自身の身体も海の底で光る真珠のように、まばゆく発光していることに気づく。

 蒼く深い海の底で、ふたつの光る物体が、夜空に輝く双子星のように互いの周囲をぐるぐると巡り巡っていた。



 旧東京のストリートの一角に、割れんばかりの拍手と歓声が響いていた。

 白洲煕生が、感激した面持ちでユイの身体をガッチリと抱きしめる。


「素晴らしいパフォーマンスだったよ、荒屋敷ユイさん! あんなに不思議で美しい音色、俺は聞いた事ないね」


 伊月リコもユイの両手を握りしめてブンブンと大きく振る。


「いやあ、想像以上だったね。あんたらが出場しないのはマジもったいないよ。まあ、出場してたら、強力なライバルになったかもしんないんで、私らにしてみたら、助かったってとこもあるけど」


 そんな白洲と伊月の称賛を受けるユイの傍では、ナギが呆然とした様子でへたり込んでいた。


「ナ、ナギ、大丈夫……」

「ユイ……」

「ど、どうしたの?」

「ねえ、あなたユイなの?」

「えっ! 何突然わけのわかんないこと言ってんの?」

「ユイの中から、ユイのじゃない、今まで一度も聞いたことの無い音色が聞こえた。それが……その別人のものみたいな音色が、私のチューニングを無視して、ユイと勝手に歌い始めたの……」


 そこまで言うと、ナギはふと視線をそらす。


「あれは、誰だったの?」



「来てたのね」


 ユイとナギのパフォーマンスにストリートが沸き立つ中、三日月ミチルは、隣に立つ天堂仁に声をかける。


「ああ、あいつらのパフォーマンスとなれば、プロデューサーは見とかなきゃな」

「で、満足いった?」

「良い出来じゃねえか。明日に向けて準備は整ったってとこだな」


 天堂仁の言葉にミチルはフッと笑う。


「何がおかしい?」

「いや、真珠杯に出場できなくても、あなたはこうなる事を予想してたんじゃないかって思ってね。それで、真珠杯が終わったらどうするの? 『プロデューサー』様は」

「もちろん、『世界デビュー』さ。世界中にあいつらの音を届けなきゃ、意味ねーだろ?」

「それって、あなたの本音?」

「どういう意味だ?」

「私は、あの子らにフィジカルミュージックの素晴らしさを知って欲しい。たとえそれを道具にしようとする大人たちが周りにいてもね……」


 ミチルの言葉に天堂仁は何も答えず、ただ口の端を少し上げて皮肉な笑みを浮かべるのみだった。

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