第16話 最終結果
ユイとナギが、新たにストリートで披露したパフォーマンスは、これまでにない評判を呼んでいた。
今までは、短期間で衆目を集めるために、アクロバティックな動きとエキセントリックなサウンドが先行する、ゲリラ的な攻めたパフォーマンスだったのが、まともな『音楽』になったのだ。
この変化をつまらなくなったと評するものもいたが、ストリートでのライブを生で体感したものは、以前のパフォーマンスより格段に進化したという評価の方が多かった。
ユイもナギもストリートでのライブを通じて、そういった観客からの反応をダイレクトに受けて、今までにない手応えを感じていた。
「ユイ、ナギ喜べ。お前らが真珠杯の一般推薦枠に選ばれるのがほぼ確定って情報が入った。しかも、暫定値だが今のところ投票数は断トツトップだ」
天堂仁が満面の笑みで、スタジオでトレーニング中のユイとナギに吉報を知らせる。
「良かったわね」
「ありがとうございます。ミチルさんのお陰ですよ」
ナギは嬉しそうにミチルの手を握る。
「おいおい、オレには礼はねえのかよ」
「ああ、仁さんもありがとう」
「なんだ、そのついでみたいな礼は。ん? ユイはあんま嬉しくなさそうだな」
「嬉しく無いわけじゃ無いけど……」
ユイは、そのまま言葉に詰まって黙り込む。
「エチカのこと? ユイは、新しいパフォーマンスをエチカがどう思うのか気にしてるんでしょ?」
「エチカって、あの『無敗の女王』の橘エチカのこと?」
「そうです。ミチルさん、仁さんからエチカとユイのこと聞いてなかったんですか?」
「仁は、彼女があなたたちのライバルになるって言ってたけど」
ミチルはそう言って苦笑する。
「気を悪くしないでね。最初何言ってんだろうと思ってたけど、今は違う。あなたたちだったら、真珠杯の決勝まで十分戦える」
「その……ユイは、エチカの音と
「それって生体共鳴ってやつ? かなり極めたフィジカル・ミュージックのパフォーマー同士でそういうのがたまにあるって聞いたことはあるけど、私も本物には遭遇した事ないなぁ……なるほどね、そういう事か……」
「って言うか、仁、なんでそういう重要な情報、今まで黙ってたの?」
「悪りい、隠すつもりは全然無かったんだ」
ミチルに詰め寄られて、天堂仁は頭を搔く。
「まあ、薄々は感じてたけどね。ユイちゃんの生み出す音って、聴覚だけじゃなく皮膚全体から身体そのものへ浸透していって、そっからさらに身体内部の波長と共鳴していく感じなのよね。こんな芸当ができるパフォーマー、私今まで見た事ない。でも、これを生かせれば真珠杯に向けて色々面白いことが出来るかも」
それから数日の後のことである。
ユイとナギは、スタジオで真珠杯一般推薦枠の最終投票結果を確認していた。
「まあ、妥当なとこだよ。私ら今まで無名だったんだから、有名パフォーマーに混じって3位に滑り込めたのは上出来じゃない? それに、一時は1位にまでなったんだしさ」
だが、そう言うナギの口調は、少し口惜しそうである。
「私がもう少し、ナギのチューニングにきちんと反応してれば……」
「ユイのせいじゃ無いって! 大体こういうのって、締め切り間際にファンの組織票が入って、順位が変動しちゃうものだし」
ユイとナギがそんな会話をしているところに、天堂仁が険しい顔をしてスタジオに入ってきた。
「どうしたの、仁さん? なんか、いつにも増して顔が怖いんだけど」
だが、ナギの軽口にも天堂仁は険しい顔を崩さず、押し黙ったままである。
「その、もしかして、一般推薦枠の投票結果が気に入らないとか?」
ナギの問いかけに天堂仁は首を振る。
そして、おもむろにユイとナギの方に向き直った。
「悪い知らせだ。ユイとナギ、お前らのユニットは真珠杯の一般推薦枠から落選した」
「えっ! どういうこと!? さっきネットで自分たちが推薦枠の3位以内に入ってること確認したばっかりなんだけど?」
「横槍が入ったのさ。旧東京からは元々特別枠として1組だけが真珠杯に出る予定だろ。なのにお前らまで出場するのはおかしいってクレームさ」
「何それ! そんな規定なんかどこにも無いはずでしょ。ほとんど言い掛かりじゃん!」
納得いかない様子のナギは仁に食ってかかる。
「ああ、お前のいう通り言い掛かりだ。お前らの真珠杯への出場を面白く思ってない奴らのな。おそらくは旧東京の予選会を仕切ってるマフィアあたりから、真珠杯の実行委員会に横槍が入ったんだろ」
「なんであいつらが……せっかく苦労してここまでやってきたのに……」
「お前らだけに注目が集まると、連中のシノギにとっちゃ都合が悪いのよ。さらに言えば、お前らはマフィアを裏切った上に、連中の仕切る予選会を無視して真珠杯への出場権を得ようとしてる」
「なんとかなんないの?」
「残念だが難しいな。オレも昔のコネを総動員してこの件はおかしいって方々に訴えたんだが、どこも聞く耳を持ってくれねえ。この旧東京でマフィアのやる事に逆らうってのは至難の技だし、下手すりゃ命を取られかねんからな」
「つまり、八方塞がりってことね」
意外にもユイが冷静に状況を分析する。
「ユイ、あなた悔しく無いの。エチカに、あなたの音を聞かせてやるんじゃ無いの?」
「悔しくないわけじゃないけど……」
「悔しいのはお前らだけじゃなくオレも同じさ、だが現状は如何ともし難い。残念だが、今年の真珠杯出場は諦めるんだ」
「諦めるって……」
ナギは悔しそうに唇を噛む。
「拠点を変えて、出直すって手もある。この旧東京を出て別の地方から出場するのも一つの手だ」
「根無草の私らが、どうやってここから出られるって言うの? 真珠杯への出場自体がここを抜け出すための第一歩だったはずなのに……」
ナギにそう言われて、天堂仁も黙り込むしかない。
そもそも、先ほどナギの言ったような言葉を使って、彼女たちを焚き付けたのは自分なのだ。
「たとえ真珠杯にパフォーマーとして出られなくても、私、エチカのパフォーマンスだけは見てみたい。」
仁とナギのやり取りを聞いていたユイが、突然そんな事を言い出した。
「ユイ……その、気持ちはわかるけど、今年の真珠杯って札幌開催なんだよ」
「それがな、どうも開催地が変更になるって話が出てる」
「ここに来て開催地を変更!?」
「ああ、噂じゃ『無敗の女王』の関係者がゴリ押しして開催地を変更させたがってるって話だ。しかも開催場所はここ旧東京になるんじゃないかって言われてる。お前らの事でマフィアの横槍が入ったのも、それが関係してるのかもしれねえ」
「あの子……荒屋敷ユイって言ったっけ、あの子が予選落ちしたから、真珠杯は出ないってごねるかと思ってたけど、意外にあっさり出場を承諾したよね」
「あの方直々に頼み込まれて、断れるわけ無いでしょう」
トレーニングの最中に新山秀に突然声をかけられ、集中力が途切れたエチカは、不機嫌そうに言葉を返す。
「まあ、真珠杯が旧東京開催に変更になったから、君も出場する気になったんだろ?」
新山秀の問いかけに、エチカは否定も肯定もせず、トレーニングを再開する。
「あの子もきっと来るさ、君の音に惹かれてね」
「どうかしら? 今まで通りのつまらないチューニングじゃ、向こうも退屈するんじゃ無いの?」
「やけに挑発的じゃ無いか。だけど、それぐらいで丁度良いよ。今回の真珠杯で、僕が何も考えてないと思ってんのかい?」
そう言って新山秀はニヤリと笑った。
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