第11話 狂乱の舞
「『セブンス・トーキョー』の夜の部でお前らがやってたパフォーマンス、あれをまともなパフォーマンスに昇華させろ。まずは、そこからだ」
慰問ライブまで1週間も無い状態で、ユイとナギは天堂仁からそんな無茶な要求を突きつけられる。
「ライブまで1週間も無いのに、そんなの無茶でしょ! 昼の部でやってたまともなパフォーマンスでいいじゃん。そのパフォーマンスで私ら劇場のトリまで務めてたんだから」
ナギの抗議に天堂仁は首を振る。
「前にも言っただろう。ありきたりなパフォーマンスじゃ、真珠杯は勝ち抜けないってな。それ以前に、まず一般推薦枠に選ばれなきゃならねえ。それには、人目を引く『何か』が必要なんだよ」
「でもあの夜のパフォーマンスって、脳の快楽中枢を刺激するインターフェース向けに特化したようなもんで、ダンスとか音楽以前の代物だよ」
ナギの反論は正論に思える。だが、ユイには少し引っかかるものがあった。
(そういえば夜のパフォーマンスの時、私、身体の奥から何かを引きずり出すような、妙な感覚があった……)
「お前ら、アリーナでエチカのパフォーマンス見てどう思った?」
「音が、身体の奥にまで響いてくる感じ……」
ユイは率直な感想を伝える。
「私も、身体中が音に包まれるって言うか、音の海の中を漂ってるような感じだった。」
ナギも同じような感覚を味わっていたようである。
「単に自分の身体を『楽器』にしてるだけじゃ、エチカのようなパフォーマンスはできねえ。『セブンス・トーキョー』の昼の部でお前らがやってたのは、ただの出来の良い『楽器』の演奏に過ぎねえんだよ」
「観客の脳髄にまでダイレクトに響くような音を作れってこと?」
「まあ、ざっくり言えばそういうことだ」
天堂仁の言葉を聞いて、ナギが呆れたと言うように苦笑する。
「何そのフワッとしたオーダー」
「仁さん、一応私らのプロデューサー的な立場なんだから、パフォーマンスの方向性というかコンセプトを明確にしてよ。まあ、言わんとしてることは何となく理解したけど」
「やれるか?」
「ってか、やるしか無いんでしょ」
その日のうちに、ナギは『セブンス・トーキョー』での夜のパフォーマンスを中心に、過去のチューニングデータを洗いざらいチェックし始めた。
「あの、ナギ、私はどうすれば……」
チューニングデータのチェック作業に没頭しているため、ナギから置いてけぼりを食らった感のあるユイは、少し困った表情で尋ねる。
「ごめん……って、ユイのそんな表情初めて見たよ。今、過去のパフォーマンスデータの中から、使えそうな『音色』が無いかチェックしてたの」
「それでね、いくつか使えそうなやつピックアップしたから、後でちょっと再現してみてもらえる?」
「わかった。でも、その、使える音だけ取り出してたら、音が細切れになっちゃわないかな」
「あはは、そうだね。でも、ブツ切れになった音はユイが力技でなんとか繋いでくれるでしょ?」
「こりゃ、別の意味で話題になるな」
ユイとナギのパフォーマンスを見せられた天堂仁は、その無骨な手で顔を覆い天を仰ぐ。
「だから、これはテストパターンなんだって。つぎはぎだらけの酷い出来なのは、私らも十分承知してる。こっから、色々とブラッシュアップしてくつもりだから」
「ブラッシュアップだぁ? 元がクソなもんをいくらブラッシュアップしようがクソだろ」
「何ですって!」
珍しくナギが感情を露わにする。
「仁さんが『セブンス・トーキョー』での夜のパフォーマンスを昇華させろって言うから、使える音色を拾い出して再構成したんだよ!」
「お前ら、全然わかってねえな。オレはあのパフォーマンスをただの『素材』にしろと言ったつもりはねえ」
「だったら、最初にそれ言ってよ! あんな曖昧な指示じゃこっちも分かんないよ!」
「ねえ、ちょっと……二人とも少し、これ見てもらえる?」
言い争う仁とナギの様子をそれまで黙ってみていたユイが、二人に声をかけた。
同時に振り向いた二人の目の前で、ユイはゆっくりと身体を動かし始める。
その身体の動きは、どこかアリーナで見たエチカのパフォーマンスの導入部を思わせた。
だが、優雅に見えたユイの動きは最初だけである。
そのうちに、ユイの四肢はお互いにバラバラの方向に動き始め、先ほどのしなやかな動きとはかけ離れた異様な身体の動きを披露する。
やがてユイの身体は人間のものとは思えないほど大きくしなり、倉庫を改修した狭いスタジオの中を恐ろしい勢いであちこち飛び回り始めた。
その動きは、舞とも踊りともつかぬも異様なもので、あの『セブンス・トーキョー』での夜のパフォーマンスを彷彿とさせた。
いやそれどころか、夜のパフォーマンスでも目にしたことが無い、ユイ自身が何か恐ろしいものにでも取り憑かれたような、人間離れした動きである。
だが、その狂乱の舞踏の中から、ナギも仁もこれまで耳にした事のない、身体の奥底にまで叩きつけてくるような異様な音色が紡ぎ出されてきたのだ。
ユイは、激しく身体を捻りしならせながら、時に地を這うような動きを、時には倉庫の天井にまで達するほどの凄まじい跳躍を見せる。
そのたびに、ユイの身体からはマシンガンのように次から次へと異様な音色が叩き出され、仁とナギは、無数の音の衝撃波に全身を貫かれるような感覚を味わう。
やがてその音は大きなうねりとなり、共鳴し合いながら、荒れ狂う一つの巨大な音の波濤へと成長していく。
仁もナギも、ユイが作り出したその波濤の渦の中へいつの間にか叩き込まれ、何一つ抗えないまま、もみくちゃにされる。
全てを巻き込んで成長していく音の波濤は、ユイが大きく跳躍するたびに、狭いスタジオ内の隅々にまで広がり、幾重にも反響して、ナギと仁の目の前で、異様な、そして聞いたこともないほど煌びやかな音の大伽藍が組み上げられていった。
ユイのパフォーマンスはどれほど続いていたのだろうか。
音の波濤の中に丸ごと包まれて、時間の感覚が分からなくなってきたナギは、ユイがスタジオの床で大の字になっているのを見て、ようやく狂乱の舞踏の幕が閉じたことを理解した。
「ユイ!」
床に寝転がったまま、肩で大きく息をし、汗を滴らせているユイのもとにナギが駆け寄る。
スタジオには、いまだユイの奏でた音の残滓がエコーのように響いている。
ユイのパフォーマンスは天堂仁にとっても予想外のものだったのか、大きく目を見開いたまま、その場で固まって動かない。
「ごめん、せっかくナギが拾い上げてくれた音をうまく再現できなくて……」
「そんな事どうでもいいよ! それよりあの音、あんなすごい音色どうやって出せたの?」
「私にもよく分からない…… 仁さんが言ってた夜のパフォーマンス、あれと同じようなのをもう一度やるのって正直嫌だった。でも、その中からナギが見つけ出してくれた音、あんな音色が何であの酷いパフォーマンスの中から生まれてきたのか、不思議だった。だから、自分の身体に聞いてみることにしたの。そんで、踊りながら夢中で身体と会話してるうちに、あんなわけのわかんない感じに……」
「そっか……そういうことか。チューニングデータから取り出したあの音は、元々ユイの身体から生まれたもんだもんね。私、バカだったよ」
「仁さん、ユイの奏でた音色、あなたの脳髄の奥にまで響いたでしょ?」
ナギの言葉に、天堂仁は黙ってうなずいた。
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