第10話 無謀な賭け

「予選会に出ないってどういうこと?」


 13街区にある倉庫を手作りで改装したスタジオでナギとトレーニングに励んでいたユイは、入ってきていきなり真珠杯の予選会不参加を通告した天堂仁に食ってかかっていた。


「まあ、落ち着けって。旧東京の真珠杯予選会は、金が物を言う完全な出来レースなのさ。単に予選会へエントリーするだけでも、かなりの金額を要求されるんだぜ。そんなもんに金を払う余裕が、今のオレらにあるか?」


 ナギがブンブンと大きく頭を振る。


「そもそも予選会自体、裏でマフィアが仕切ってるって噂もあるよね」

「ああそうだ。それにマフィアが経営する劇場からトンズラしたお前らが、のこのこ予選会に出てみろ、どんな事になる?」


 仁とナギの話を聞いて、ユイは何も反論できない。


「じゃあ、どうするっての?」

「旧東京の予選会には出ないってだけだ。真珠杯にはな、もう一つ本選参加の特別枠がある。」

「聞いたこと無いか? 一般推薦枠ってやつだ」


 一般推薦枠とは、オンライン投票により得票を集めたパフォーマーの出場枠のことである。

 オンライン投票は、日本国民や旧東京市民であれば誰でも参加でき、得票数の上位3組までが、真珠杯への出場権を獲得できるのだ。

 だがこの制度は、オンラインやストリートで活動していて、それなりに知名度と実績のあるパフォーマーを真珠杯に参加させるためのもので、ユイやナギのような無名のパフォーマーがこれまで出場権を獲得した例は無い。


「一般推薦枠って、余計ハードル高いんでない。私らみたいな無名のパフォーマーが後3ヶ月程度で推薦受けられるとはとても思えないんだけど……」


 ナギが当然の疑問を口にする。


「ユイ、お前あの『無敗の女王』橘エチカに顔と名前を覚えられたんだろ」

「うん、でもほんの少し言葉を交わしただけ」

「今度、第3街区で慰問ライブがある。そこでエチカがパフォーマンスを披露する予定だ」


 天堂仁が何を意図してるのかわからず、ユイは首を傾げる。


「ユイ、ナギ、お前らそこに飛び入りで参加しろ。なんならエチカのパフォーマンスに乱入してもいい」

「んな、無茶な! 仁さん、頭おかしくなったの!?」

「オレは正気だ。短期間でお前らのパフォーマンスを世に知らしめるには、これが最適解なんだよ。慰問ライブはオンラインで生配信もされる予定だ。エチカが出るとあれば、視聴者はかなりの数にのぼるはず」


「ナギ、やろうよ」


 まさにゲリラ戦法ではあるが、意外にもユイは乗り気である。


「ユイ……」

「こないだ話したでしょ。アリーナでのエチカのパフォーマンスに、自分の身体が同期シンクロした感覚があったって。彼女も同じ感覚を持ったみたいだったし」

「その話、オレも気になってる。お前とエチカは、深層の部分で同じ種類の波長を持ってるのかもしれねえな。そいつを確かめる意味でも、やってみる価値はあると思うぜ」


 ユイの態度を見て、ナギはしょうがないとでもいう風に、フーッと大きなため息をついた。


「わかったわよ。正直、リスクだらけの博打ばくちみたいな話だけど、私も腹を括るよ。オンライン配信用のライブカメラでも何でもハッキングして、ユイに全ての注目が集まるようにしてみせる。」

「おお、そりゃ助かるぜ。それにオレは最初に言ったよな、これからの挑戦は、お前らにとって『賭け』になるって」



「しかし珍しいね、君が慰問ライブへの出演を引き受けるとは。今までこの手のライブは全て断ってきたのに。旧東京での開催だから引き受けたってわけでもあるまい?」


 スタジオに入ってきた新山秀の問いかけには答えず、エチカはただ無心に踊り続けていた。


「あの子が旧東京にいるかもしれないからだろう。君と同期シンクロしたって子がさ」


 その言葉に、エチカは踊りながら視線だけを新山秀に送る。


「僕も興味があるね、その子には。もしかしたら生まれながらの共鳴者リゾネーターかもしれないしね。もしそうなら、素晴らしいことだよ」

「それに、ソーカー様も君の話には興味を持たれてたしね」


 新山秀の口からその名前が出た途端、エチカは踊りをやめ、汗を拭いながらスタジオを出て行こうとする。


「ソーカー様に知られちゃマズかったかい?」


 振り返ったエチカは、恐ろしく冷たい目をしたまま新山秀に顔を近づける。


「あなたにこれ以上、私のことをゴチャゴチャ詮索されたく無いわね」

「それが君にとって唯一無二の調律者チューナーに言う言葉?」


 氷のような表情のエチカとしばし無言で向き合っていた新山秀であったが、何を考えたのか、いきなりエチカを抱き寄せると、その唇を奪う。


「……何のつもり?」

「僕も君と同期シンクロしてみたくなったのさ」


 次の瞬間、スタジオの中に頬をはたく乾いた音が響いた。


(やれやれ、凱旋前の『女王様』のご機嫌を損ねちまったか……)


 新山秀は赤くなった左頬を押さえながら、無言でスタジオを立ち去るエチカを見送った。

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