第7話 決断
「お前の踊りを見ててわかったよ、ああ、こいつこんな踊りやりたかねえんだなって。動きは凄まじいが、ただそれだけ。言ってみりゃ不協和音をでかい音量でがなり立ててるみたいなもんだったな」
「夜のステージじゃ半ばやけになってたろ、お前」
天堂仁に図星をつかれ、ユイは不機嫌な表情で黙り込むしかない。
「し、しかし、仁さん良く夜の部に入り込めたよね。入り口の認証ゲートでチップのシリアルナンバーをスキャンされてるんじゃないの?」
ナギが気まずい雰囲気を変えようと話題を逸らす。
「連中がばらまいてたチップなら、ほらここだ」
天堂仁は後頭部のチップを指してみせる。
「まあ、こりゃ模造品だがな。だから、お前らの踊りでラリってたわけじゃねえ」
「オレはな、フィジカルミュージックのパフォーマーを探し回ってたんだ。一から出直すつもりでな。だから、方々でお前ら二人の噂は聞いてた。『セブンス・トーキョー』を背負って立つニューフェイスのパフォーマーだってな」
「オレが見た昼の部のパフォーマンスは噂に違わぬ素晴らしいもんだったよ。ユイの凄まじい身体能力にナギの天才的なチューニングテクが噛み合って、どこに出しても恥ずかしくないような水準のパフォーマンスだった」
「だが、所詮そんだけの代物だったな。あの程度の水準のパフォーマーなら、この旧東京を出て日本国中探せば掃いて捨てるほどいる」
その言葉に、ユイが顔を上げてジロリと天堂仁を睨む。
「オレが、興味を持ったのは、どっちかってえと夜の部のパフォーマンスの方だ。さっき、散々悪口言った方のな」
「アンタも、劇場の連中と同じことやろうっての?」
「バカ言うな。あんないかれたヤク中野郎どもを相手にできるかっての。オレはな、昼の部のようなパフォーマンスを続けたところで、出場枠にすら引っ掛からねえって言いてえんだよ。
「真珠杯!?」
ナギが驚いて声を上げる。
真珠杯というのは、フィジカルミュージックの全国大会の通称である。
二人一組のユニットによって生身の肉体から音楽を奏でるフィジカルミュージックが、二枚貝から生体鉱物を生み出す真珠を思わせるとしてその名がついているのだ。
真珠杯の優勝者は世界大会への切符を手にするとあって、日本中から一流のパフォーマーが集まる恐ろしくレベルの高い大会なのである。
国連信託統治下の旧東京からも特別枠で1組だけ出場が認められているが、これまで決勝トーナメントまで進出したものは誰一人いなかった。
ユイやナギもその出場者のパフォーマンスを動画で見たことがあるが、決勝トーナメントまで進むようなパフォーマーのレベルは、正直次元が違うと思わざるを得なかった。
「お前ら、真珠杯に出て優勝しろ。オレがお前らを決勝戦まで連れてってやる」
ユイとナギは互いに顔を見合わせた。
「アンタ正気?」
「正気も正気だ。」
「アンタの目的は何? 私らを真珠杯に出場させてどうしようっての?」
「決まってるだろ。お前らのパフォーマンスで世の中をあっと言わすためよ」
「ユイ、お前の夜のパフォーマンスな、オレは最初見てらんねえと思った。ところがクソみたいな踊りの中のほんの一瞬だけだったが、お前はこれまで見た事のねえ舞を舞って、聞いた事のねえ音色を響かせたのよ。その一瞬の舞だけで、オレは雷に打たれたみたいな衝撃を受けたんだ。それで思ったのよ、ここに居たってな。世界を変える力を持ったパフォーマーが」
「オレはな、この掃き溜めみたいな旧東京から、お前らのパフォーマンス一つで日本中、いや世界中を虜にしてやりたいのよ。お前らのパフォーマンスは、荒削りだがその力を秘めてる。ヤク中ども相手に垂れ流すだけじゃもったいねえんだよ」
天堂仁の大演説に、ユイは呆れたと言う風に大きくため息をついた。
「随分と私らを買ってくれてるみたいだけど、アンタの言ってること、そこらへんのヤク中観客の妄想と大差無いじゃん」
「妄想か、確かにそうかも知れんな。だがあの劇場で、マフィアどもの言いなりになって、ヤク中の妄想に付き合わされるのとどっちがマシだ?」
天堂仁に問い詰められ、ユイは言葉に詰まる。
「……アンタのいう通り、あのまま劇場にいてもマフィアどもに利用されるだけなのはわかってる。ナギもそっから抜け出したくて、この人の口車に乗っかったんでしょ?」
「まあ、ぶっちゃけそう言うこと。『セブンス・トーキョー』のやばいネタ流す代わりに、あそこから引き抜いてもらおうってね。今まで黙っててゴメンねユイ」
あっけらかんとそう言うナギを見て、ユイは苦笑する。
ナギはいつもそうなのだ。自分の欲望に忠実で、ユイが知らない間に勝手に物事を進めてしまう。でもいつの間にかそれがユイの利益にもなっているのだ。
「アンタのこと、まだ全部信用したわけじゃないけど、その妄想に乗っかるしかないってことね。だって、他に道は無さそうだから」
「物分かりが良くて助かるぜ」
「荒屋敷ユイに七頭ナギ、これはお互いにとって大きな賭けだ。ただ大きくベットしてくれりゃ、ストリートチルドレンのお前らが、このクソみたいな街を抜け出して本当の意味でパフォーマーとして自立するチャンスになる。そう思って、オレを利用するだけ利用しろ」
そう言うと、天堂仁はニヤリと笑った。
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