第16話 悪役令嬢と俺の決意

朝、目覚めて、少しして夕実と一緒にアンネちゃんが現れる度、ほっとする。急に現れた人だから、いつか急にいなくなるんじゃないか、そんな不安が消えない。


アンネちゃんと一緒に過ごしていると、最初はただただ申し訳なかったりしたのに、最近では、もう少しいてほしいなあ、なんて我儘な感情を抱いてしまう。


彼女が笑ってくれるから、何だか全て許されたような気になって、もし帰れなかったらここにいても良いか、聞かれた時に頷くしか出来なかった。帰りたいに決まっている。けれど、アンネちゃんは前に進もうとしてくれるのだから。


俺はずるいなぁ。わからないからって何もしていなかった。帰る方法はわからないけれど、方法を調べることも放棄して、アンネちゃんに甘えるなんて最低だ。


最近、自分がよくわからない。アンネちゃんの婚約者の王子に嫉妬している。アンネちゃんを返す方法がわかったら、俺はちゃんと言えるのだろうか。


夕実は俺と違ってやっぱり前向きで、アンネちゃんについて行けば、私もゲームの中に入れたりしないかなぁ、って夢見ている。アンネちゃんが来ちゃっている以上、そんなバカな、と言えないだけに、困る。本当にそうならないとも言えないし。夕実が一緒に行ってくれたら、アンネちゃんは酷い目に遭うこともなくなるかもしれない。夕実が助けたあと、こちらに帰って来てくれるならそれもありのような気がして来た。


「蒼は行きたくないの?」


聞かれた時に返事が出来なかったのは、想像出来なかったわけではなくて、アンネちゃんと王子様の幸せそうな場面を想像してしまったから。


一緒に行って、アンネちゃんの幸せを見届けて、帰ってくるのか。自分が、蚊帳の外であるのをわざわざ、理解されに行くのか。どんなドMだ、俺は。俺は、薄々気づいている。決して言葉には出せないし、出す気もないけれど。


俺はアンネちゃんに恋をしている。人生初の恋がゲームの中の人なんて、何だか笑える。アンネちゃんには悪いけれど、アンネちゃんを元の世界に返したくない。


ずっとこっちの世界にいてほしい。絶対に幸せにするから、側にいてほしい。


これを、アンネちゃんに言えたらなぁ。







アンネちゃんはこちらに来てから、こちらの世界になれるように様々なことに挑戦してきた。正直、異世界につきものの、チートなんて吹っ飛ばすほど、何でも出来るんじゃないだろうか。夕実も表情筋を無くす淑女ごっこをよくやっているが、アンネちゃんは、こちらで過ごすうちに出来なくなっている、という。目に入るもの全てに驚くなんてこと、普段生活していると、無いものな。それこそ、赤ん坊なら別だろうが。



淑女に戻るために、それこそ戻ることができたら、練習します、と言っていたが、アンネちゃんはツンとした顔よりそうやって笑ってる方が可愛いのに。貴族令嬢は、大変だ。アンネちゃんが公爵令嬢として、ではなくアンネちゃんって言う女の子として幸せを掴んでほしい、と思うのは、俺の我儘だ。


どうして、神様はアンネちゃんをこちらの世界に呼んだんだろう。どうして、俺に会わせたんだろう。何も知らずにいられたらそれなりに幸せになれたに違いない。


平凡な人生を送ってそれなりの生活をして生きていたに違いない。


アンネちゃんは、手の届かない人なのに。どうして、俺の目の前に現れたの?


これで、もし、アンネちゃんが、俺の知らないところで傷ついたり、幸せになれなかったりしたら、俺は神を恨むと思う。


アンネちゃんの人生の一部に俺を関わらせてくれた神でも、容赦はしない。


だから絶対にアンネちゃんには幸せになってもらわないといけないんだ。だから、それが叶うなら俺の初恋なんて、大したことじゃない。

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