魔法の家(アンネリーゼ視点)
第17話 光の中で
こちらの世界に来た時のことはよく覚えています。その日は、いつもと何ら変わらない日でした。学園にいつものように行き、その時は図書館にいたのです。最近婚約者のアラン王子に会えても、ゆっくりお話をする時間がなくて、また何故か私に付き纏う人達がいて、面倒でしたので図書館に逃げていたのでした。
突然のことでした。光に身体ごと包まれて、何も考える暇などなくて、気がついたら、見たこともない部屋にいました。目の前には、見知らぬ女性がいて、相手もとても驚いていました。
私は貴方を害することはありません。
それだけは、言わなくちゃ、殺されてしまうかもしれません。だって突如目の前に見知らぬ人間が現れたのですから、命の危険を感じて攻撃でもされたら厄介です。私は丸腰で、ここに武器があるかどうかもわからないのです。
見た限りでは彼女に、戦意も殺意もなさそうでした。むしろ、あるのは私と同じ戸惑い。
彼女は私と同じ立場なのかもしれません。まずは名乗りましょう。公爵家の娘として、私から話しかけなくては。
彼女は夕実といい、お兄様が今外に出ているそうです。
お互いに自己紹介をした後は、同じ歳であることがわかった分、打ち解けるのは早いものでした。私を呼び出してしまったことは、事故だったようですが、解除の仕方がわからない、と言われました。私としましても、魔法陣の召喚での誘拐など聞いたこともなく、従って元の世界に帰る方法など、知る由もありません。
「ただいまー。」
背の高い男性が現れました。顔にはやはり戸惑いが浮かんでいます。この方も悪い人では無さそうです。
男性と夕実は兄妹で、言われた通り、顔はあまり似ていないものの、纏う空気が似ています。元いた世界も平和ではありましたが、人間は少しピリリとしていて、お二人の纏う空気がほんわかしていたことに、驚きました。この世界は、前の世界以上に、平和なのだと、わかります。
男性の名は蒼といい、気さくに話しかけてくれます。彼は私の周りにはいない珍しいタイプの男性です。
屋敷の中にはお二人以外いないようで、料理や洗濯、掃除などを男性がされるのです。うちでは侍女がやりますのに。掃除などは、お二人で楽しそうに競争などをしながらされるので、私も気がつけば一緒にしたりしていました。どうやら、こちらのお屋敷はお婆様が住まれていたようで、古い建物らしく、丁寧に掃除しながら、住んでいる、とのことでした。
蒼様、いえ、蒼は、笑顔が可愛らしいです。私よりも歳上なのに、何の含みもない笑顔を見せてくれます。今まで周りにいた男性達の笑顔が全て嘘だったかのような印象を受けてしまうほど、純粋な良い笑顔です。
蒼は、いつも、私の家族に申し訳ない、と謝ってくださいました。蒼は、私が普通の娘として家族に愛されていると信じてくれるのですが、私の家族はそこまでではありません。純粋な心配ではないと思うのです。
王子に嫁ぐ身として、もしこのまま私が帰らなければ、勘当されるような薄っぺらい縁しかない家族なのに。
蒼に心配される夕実が酷く羨ましく感じます。
蒼は、料理だけではなく、庭の手入れもします。庭の花を見ていると、蒼がどれだけ愛情をかけているかが、わかります。公爵家の庭も、庭師のジャックが丹精込めて大切に育てていますから、蒼の庭も同じように蒼の愛情が込められています。
蒼を見ていると、無性にこの人の近くにいたいと思うのです。こんな気持ちは初めてでした。蒼がいると、心がポカポカと温かくなるような感じがします。
蒼は自己評価が低く、自分には何もないと思っていますが、多分違います。本人が気がついていないだけで、蒼はとても素晴らしい人です。
初めは蒼と夕実が、昔まだ幼かった頃の兄と私のように思えて、昔の優しかった兄を蒼と重ね合わせていたのですが、蒼と兄に齟齬がありすぎて、わからなくなってしまいました。
私は家族の愛など、婚約者の愛など必要なく生きてきて、ずっとこうして、心を殺しながら生きていくと思っていたのです。
私は、自分が生きてきた世界が酷く小さく、狭いものであることを知りました。
私はこちらの世界に来て、私を認めてくれる人が出来て、嬉しかったのだと思います。このまま帰ることが叶わないのであれば、私はこれ以上、心を無にしなくて良いのです。
以前ははしたないとされた行為を今は違和感なくしています。大声で話したり、走ったり、雑巾掛けをしたり、大口をあけて笑ったり。
今すぐ元の生活に戻ることなどできません。と言うか、戻りたいと思えないのです。あれだけ、見ていた王子の顔が薄ぼんやりとしか思い出せなくなったり、王子を思い出すと、その顔が途中で蒼に変わったりします。
私は蒼が好きなんでしょうか。恋とは何でしょうか。さっぱりわかりません。願わくば、ずっと蒼の側にいて、恋やら愛について一緒にわかるようになりたいのです。
王子と言う婚約者がありながら、こんなことを考えるのはいけないことだと、わかっています。けれど、もし帰らなくて良いのなら、ただの女の子として、愛されたいと思うのは我儘でしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます