第15話 悪役令嬢と隠れた才能
昔、まだ家族仲が比較的良かった幼い頃、夕実の髪型は、俺がしていた。一時期美容系の進路を考えていた俺は簡単なヘアアレンジなら今でもできる。アンネちゃんのポニーテールは唯一、簡単にできる、とアンネちゃんが自分でしたものだった。夕実は髪が長くないし、一人でできるアレンジをしてみたい、と言われて一緒に試している最中だ。
そもそもどうしてヘアアレンジかと言うと、ダイエットの一件で、痩せるには適度な運動を掲げていた。でも世の中には着痩せと言う裏技があることを知り、細く見える服を探し始め、それなら細く見える髪型も存在するのではないか、と考えついた次第。
服を買うにはお金がいるけど、ヘアアレンジは特殊なものでなければ、お金はかからない。貧乏学生の知恵と言うやつだ。
今だって、別にアンネちゃんも夕実も、痩せすぎだと思うのだけど。こればっかりは強く言うと叱られるし、優しく言うと本気にされなくて。もう、諦めている。
これ以上痩せて病気にでもなったらどうするんだよ。アンネちゃんのご家族に叱られちゃうよ。
兄の心、妹知らず、ってところか。
最近はお茶の時間でも甘いものは禁止みたいで、お茶だけ飲んでいる。我慢は厳禁みたいで月に何度か甘いチョコレートとかを、一口摘む程度。一人でチョコレートケーキを食べてたら、二人から猛抗議を受けたことがあるから、俺も一緒に食べないでいる。
俺はダイエットはしていないんだけど。何故かトバッチリを受けている。
生きてきた場所や歴史や、立場が違っても、女の子の悩みは同じようなものなんだな。可愛いな。
「蒼、これはどうですか?」
アンネちゃんが、後ろを気にしながら、見様見真似で髪を括っている。多少の乱れはあるが、ちゃんとできている。
鏡を持ってきて、後ろを見せてやると、自分の成果を見られて、安堵した表情を浮かべた。
「可愛く出来てる。」
アンネちゃんは、忘れないように小さなノートにポイントや手順を書いていく。挿絵が付いていて、読み返しやすい。
アンネちゃんの隠れた才能の一つは絵だ。煌びやかな絵ではなくて、鉛筆とかで、パパッと書いた絵が非常に上手い。夕実の顔とか、俺の顔とか書いていたので、似顔絵の才能もあることがわかった。
たこ焼きを焼く才能に続き、似顔絵の才能まで。やはりただのご令嬢ではない。
帰るまでにたくさんの才能があることがわかれば、それがどんな些細なものであっても、アンネちゃんの自信に繋がるのではないかな。
何故かあまり自分に自信がないように見えるから。少しでも背負っているものが、楽になれば良い。
「休憩しよっか。」
温かいお茶を飲んでると、体から力が抜けていく。睡眠に効くと書いてあった通りだ。ノンカフェインの威力は凄い。アンネちゃんは、よっぽど気に入ったか、俺が前に買った夕実とお揃いの髪飾りをつけている。
ヘアアレンジにちょうど良いと、ずっとつけてくれている。アンネちゃんの髪色に映えて可愛い。あげた当初は、俺が女の子を喜ばせる遊び人だと思われたらしいけど。
何もない時にプレゼントすることってあまりないのだろうか。というか、アンネちゃんと言えば、香澄のことも俺の恋人の一人だと誤解していたのだった。一体、俺はどんな風に見えているんだ。遊びどころか、恋愛したことすらないのに。
恋愛していない、という点では、アンネちゃんと同じ立場なんだけど。そうは見えないって言うことでいいのかな?
アンネちゃんの髪は依然として綺麗なままで。王子様なら、こうやって一掴みして、口をつけたりするんだろうか。
「あ、蒼?どうしたの?」
真っ赤な顔をしたアンネちゃんが視界に入ってくる。
どうしたのって、どうしたの?
眠気にやられていた俺は、夢うつつで、それでも、今現在自分がやらかしたことがハッキリと思い出せた。
俺、王子のつもりになってた。ひいいいい。
「ご、ごめん、気持ち悪かったね、ご、ご、ごめん。マジでごめん。」
「き、き、気持ち悪くはない、です。」
アンネちゃんの髪に口をつけるなんて、俺の口ごと、切り刻まれても文句は言えない。
俺は心の中で、アンネちゃんのご家族にも、婚約者の王子にも、土下座をし続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます