第13話 王子の悪夢は続く

婚約者であるアンネリーゼが忽然と姿を消してからずっと熟睡できていない。目撃者によると、アンネリーゼの足元に魔法陣が現れたかと思うと、強烈な光がアンネリーゼを襲い、そのまま消えた、と言う。学園内のこととはいえ、学生が、しかも高位貴族のご令嬢がどこかに連れ去られたショッキングな出来事は情報操作をしたところで叶うはずもなく、一部の貴族には知ることとなった。


アンネリーゼの無事を確認すべきだが、一部の薄情な貴族からは、傷がついたとして、王子の婚約者と言う地位を剥奪しようと躍起になる者達がいて、誰を信じれば良いのか判断がつかない。



悪夢の通りになってしまった。



アンネリーゼを目の敵にしていた聖女の関与を疑うも、聖女自身も取り繕うことすらせず慌てているため、要領を得ない。むしろ、何かを恐れているかのようだ。あの姿が嘘だと言うなら、よっぽどの演技派だと思う。




突然現れた魔法陣は、この国で使われているものではないらしい。目撃者の中に魔法陣に詳しい者がいて、そのように証言している。歯痒くも、国内にはそれ以上のことが解るものはいなかった。


それこそ何百年と生き続け古の魔法を使いこなす者がいたなら、何か手がかりを掴めたりできよう。ふと、ある人物に思い当たった、


王国の果てには変わり者の魔法使いが住んでいる。レオンと言う名で古の魔法を扱うらしい。人嫌いで、西の塔に閉じこもっているらしいが彼なら何かわかるだろうか。


王子は側近を呼び寄せ、レオンに会うため、前触れを出すと、すぐさま西の塔に向かう。


彼は冬になると、眠るらしい。獣であれば、冬眠だが、彼はれっきとした人間だ。


叩き起こすなりして、アンネリーゼを救い出して貰おう。


レオンと言う名の魔法使いは、話には聞いたことがあるが、実物に会うのは初めてだ。

人形のように美しく、年を取らない男。


馬を走らせ、着いた王子一行が見たのは、塔に氷漬けされた魔法使いの姿だった。


「死んでいるわけではないのだよな。」


「ええ、外敵に攻撃されないように、だそうです。」


「冷たくないのか?」


触れようとして手を伸ばした王子の手を護衛が制止する。


「強力な結界が張ってるので触らないでください。」


これなら叩き起こすなんてできないじゃないか。


王子は、ここまで来て徒労に終わり、一気に疲れが襲ってきた。よく眠れないこともあって、ふらつきを覚える。


「聖女を拷問するか。」


王子が眠気に負けて呟いた言葉に側近が笑う。王子だけでなく、側近の中にも今の聖女に不信感を抱いている人はいる。魔導師のクリストフ、護衛騎士のディルクなどは、聖女に事あるごとに名前呼びされてベタベタ付き纏われ、婚約者に言いがかりをつけられて迷惑をしていたため、聖女だと言われても嫌な顔を隠そうともしない。


「拷問すら喜ぶんじゃないですか?」


ディルクの冗談が、笑えない。自称聖女の行いの悪さは誰もが知っている。


消えたアンネリーゼの義姉に、夫と別れるように命令したことから、リーフ公爵家から敵視されている。


筆頭公爵家であるリーフ公爵家に睨まれたとなれば、社交界では生きていられない。


わかっているのか、いないのか、夫人に対して強気な姿勢を続ける彼女に対し、貴族達は恐れから近づく者はいなかった。



それを勘違いした聖女は活気づき、その最中アンネリーゼが失踪した。


「聖女の拷問には、女性を使いましょう。」


男なら誑かそうとするからだ。今のところ、彼女に女性の味方はいない。自業自得と言う言葉を知らないらしい。


苛めだと言われたところで、それが何だ。


彼女が聖女だと言うのは本人が言っているだけだ。それならば、虚言だと切り捨てても良いような気もする。有難いことに、聖女を持ち上げようとする信心深い者などはこの国にはいない。もしいたとしても、数々の聖女の悪行にその気はなくなったはずだ。


聖女の拷問は冗談でも話を聞くことができたなら、何とかなるかもしれない。王宮ではクリストフを中心に現れた魔法陣を死に物狂いで探しているのだから。


アラン王子は、疲れ果てた精神をもう一度奮い立たせ神殿を目指す。こういうことすらなければ絶対に会いたくないが、背に腹は変えられない。アンネリーゼを取り戻すためなら、聖女に尋問など容易い。


アンネリーゼを取り戻せたら、もう離したりはしない。本人が泣いて喚いても、嫌がられたとしても、結末を変えるつもりはなかった。

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