第11話 悪役令嬢と将来の夢 夕実視点

蒼がバイトに行ってしまったので、アンネちゃんとお家に帰る。いつもは通らない道を歩くだけで、アンネちゃんは喜んでいる。



アンネちゃんと公園でブランコに乗る。ブランコに乗るのは初めてらしく、楽しそうだ。最初は大人っぽい佇まいだったアンネちゃんも段々年相応もしくは、年よりも少し幼く見えるほどに、童心に返っていて、今はお嬢様と言うよりすっかりお転婆だ。


私や蒼にも「さん」が取れてきた。


今のアンネちゃんが王子に会えば、たとえ、聖女に傾きかけていても、また戻ってくるのではないかな。まあ、帰る方法はわからないのだけど。


それに、アンネちゃんに今帰られると困る。ここ何日かのアンネちゃんの浸透率はもの凄い。私にも、蒼にもなくてはならない人になってる。


「アンネちゃんはさ、将来やりたいことってあるの?」


アンネちゃんは、淡々と話す。さっきまでの明るい表情は消えている。


「私はアラン様と結婚して、アラン様と共に国を支えていくの。」

アンネちゃんは、少し笑顔になって続ける。

「出来たらこの国のように自由な国を目指したいわ。


私がここに呼ばれたのはきっと覚悟が足りなかったからね。具体的などんな国にしたいか、と言うのが抜けていたのだわ。


世界は広いと教えるために、連れてこられたのではないかしら。」


ふう、と息をつく。


「でも、もし、帰れなかったら……」


「ずっとうちにいれば良いよ。蒼と私とアンネちゃんで暮らせばいいよ。楽しそうでしょ?」


アンネちゃんは笑っていたが、ふと俯いて、小さな声になった。


「蒼も夕実もいつかは結婚してしまうでしょう?そうなったら私は邪魔でしかないじゃない?荷物になるのは嫌だから、それまでにこの世界のことを教えてほしい。いつか一人で生きていかなきゃいけないもの。」


私はアンネちゃんの真剣な姿に不謹慎ながら、笑ってしまう。


「何で笑うの?」

「ごめんごめん。」


既になくてはならない人になっていることに本人は気がついていないのだから。


「わかった。何でも教えてあげる。」

いつか、なんて来ないことを教えてあげれば良い。


「ついでに一つ、教えてあげる。こちらではね、一生結婚しなくても生きていけるの。」


アンネちゃんは、大きな目をこれでもかと見開いて固まった。こちらに来て一番驚いている。


「良いなあ。」

「アンネちゃんは結婚したくないの?」


「結婚は、するものだと思ってたの。昔から決められていたことだし。仕方ないって。


でも。今日大学に行って、蒼のお友達に会ったらわからなくなってきたの。このまま、結婚して大丈夫かしらって。王妃教育も受けたのよ。厳しくて辛いけど、これが私の勤めだと思って。


最初はね、早く帰りたいって思ったの。でも今は帰りたくない。ここにずっといたい。


……我儘よね。ごめんなさい。」


「アンネちゃんはまだ16歳なんだよ。こちらの世界ではね、その年齢は子どもなの。大人が守らなきゃならない年齢なの。すこしぐらい我儘言っても良いのよ。まだ子どもなんだから。


因みに、蒼もこちらではまだ子どもだからね。まあ、頼りない感じするから相応か。」


「蒼は、優しいね。お兄ちゃんってこんな感じかな、って。私の兄は、こんなに優しくないけれど。」


アンネちゃんは気付いていないが、私には野望がある。これは蒼も知らないことだ。


私はアンネちゃんと蒼を、恋仲にしたい。そうなってくれたら、おいそれとアンネちゃんは帰れないだろうし、ずっと一緒にいられる。蒼自身は自分に自信がないからなのか、アンネちゃんには兄のように接して自制しているが、背中を押してあげれば良い。


二人が仲良くラブラブになってくれたら、私も嬉しい。どのみち、帰ればアンネちゃんは酷い目に遭うのだから、帰らなくても良いじゃないか。


大学に行ったのはただの気紛れだし、蒼が焦る顔が見たかったからだが、思わぬところで功を奏した。GJ、私。


ブランコを子ども達に明け渡し、ベンチに座ると、野良猫がいた。アンネちゃんはうずうずしている。


私はアレルギーがあって、近くに寄れないが、アンネちゃんは中腰でジリジリと距離を詰めている。


きっと元の世界では、したことがないのだろう。楽しそうに猫に触れるアンネちゃんを大切にしたい。


蒼、これ見たら悶絶するんだろうな。


スマホで写真を撮ると、アンネちゃんが振り返って笑う。写真はアンネちゃんの世界にはないみたいだったけれど、魔道具で作れないかしら、と言っていて、ワクワクしていたから作りたいのだろう。


でも、帰りたくない、とさっき言質を取ったからには全力で阻止したい。そもそもどうやって帰るのかはわからないけれど。だって来る時も突然だったのだから、帰る時も突然なのかもしれない。


魔法陣の紙は作動しないように、タンスの奥底にしまったし、今持っていないから大丈夫だと思うけれど、アンネちゃん曰く、急に足元に魔法陣が現れたらしいから、油断はできない。


いつ、どこからアンネちゃんを狙ったやつが来るかわからない。あちらの世界からすると、私達はアンネちゃんを拐った悪い奴等だろうが、私達はアンネちゃんを奪い返されるわけにはいかないのだ。

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