第9話 悪役令嬢とマッチョ

「じゃあ、行ってくる。」

「はいよ。」


いつも通り、夕実が、三軒先のイタリアンレストランにピザを注文しにいく間に納戸にジュースを取りに行く。


「あれ、夕実は?」

アンネちゃんがラフな格好に着替えて出てきた。おそらく夕実の仕業であろう、もこもこルームウェアにはご丁寧に、兎みたいな丸い尻尾がついている。


くっ、可愛い。


「今ピザを注文しに。もうすぐ帰ってくるよ。」


息も絶え絶えに、説明をすると、アンネちゃんは、笑顔になった。


「ピザって凄く美味しいって聞いたのですが、手で食べるのですか?」

「うん、まあ、フォークで食べてもいいけど、食べづらいと思うよ。」


アンネちゃんは生粋のお嬢様だから、手で食べるなんてはしたない、って思うんだろうな。


「いえ、私も頑張って手で食べてみます。」

すっごいキラキラした瞳で言われたけど、いや、そんな決意してまでのことでは。


「あ、ジュース、どれ飲みたい?あんまり種類がないけど。」

「あの、水がいいです。」

「水か、オッケー。俺は緑茶にして、夕実は、あとでいいか。」


納戸は階段の横にあり、たくさん収納できる。小さい時はよく隠れ場所として使われていた。真っ暗になるから、怖くてすぐに出てきたけど。


廊下を歩くとキュッキュッと音がする。毎日は難しいけれど、一週間に何回かは雑巾掛けをしている。古い家だから丁寧に住みたい。


ピザのいい匂いがして、夕実が帰ってきた。


「おかえり。すぐ焼いてくれたんだ。」

「うん。たまたま手が空いてたんだって。」


イタリアンレストランの息子は俺と同じ歳で、夕実のことが好きらしい。どれだけ忙しくても、手が空いた、というので、注文は必ず夕実を使う。


夕実は、気づいているかはわからないが、来ると必ずピザを食べたくなるらしいので、満更でもないのだろう。


ピザを見たアンネちゃんは、匂いが効いたのか、更に目をキラキラさせていた。チーズのいい匂い。


お腹がぐう、と鳴る。俺は自分だと思ったけれどアンネちゃんが顔を真っ赤にしたから、同じタイミングで鳴ったみたい。


三人で食べる食事は美味しい。アンネちゃんはチーズを食べるのがそもそも初めてみたいで、一口目を食べた時の顔が、可愛すぎた。


俺の好きな4種のチーズのピザはお気に召したみたい。何でも美味しく食べるのは立派な才能だ。


アンネちゃんは、ゲームばかりしているわけではなく、読書もしているようで、本棚の本の中から、読めそうなものを読んでいる。とはいえ、あまり種類は多くない。


「図書館に行ってみる?」

近くに区の図書館があった筈だ。


「いろんな本が置いてるよ。」

「行ってみたいです。でも、お手数では?」

「いや、全然。俺も借りたい本あるし。」

アンネちゃんは遠慮しなくてよし。


「じゃあ、明日…は、無理だな。ごめん、明後日でも良い?」

「はい。勿論大丈夫です。」

「あれ、蒼、明日大学?」

「うん、昼まで。で午後からバイト。18時には帰ってくるけど。」


「じゃあ明日は一日二人だね。」

夕実がアンネちゃんに言うと、アンネちゃんは不思議そうにしている。


大学、とは何か聞かれて何と説明したら良いか悩む。アンネちゃんの世界では当てはまるものはないみたいだ。


しかも、貴族の学園とかも、本来なら高校とは似て非なるものだからなぁ。


どうしたものか、と考えてると、夕実が何を思ったか、手をパンと叩いた。


「じゃあ、大学についていけば良いんじゃない?見学したいって言ってさー。大学には図書館だってあるし。駄目?」


「いや、駄目じゃないけど、いきなり言って入れるかはわからないぞ?明日聞いてくるから、明日は駄目。」


大学にくるのは嬉しいけど、余計な虫がつくのは嫌だ。とりあえず夕実を宥めて、考える。


大学の友人がアンネちゃんを見たら、皆好きになってしまう。手の早い奴らだっているし。アンネちゃんを守らなくてはいけない。


部外者を入れる云々は手続きさえすれば、大丈夫だろう。問題は、俺の通う大学に通う奴らは、総じて民度が低いってことだ。


可愛い女の子を前に奴らが大人しくしていられるとは思えない。ハイエナ共の前に、美少女を置いてごらんよ。見るも無惨に食い尽くされてしまうだろう。


いや、無理。やっぱり区の図書館で我慢してもらおう。


俺は、大学に来るのをどう諦めて貰おうかとそればかり考えていて、夕実の行動力をすっかり舐めていたのである。


翌日の朝、俺は家を出る。全く、そんな行動力あるなら学校に行きなさいよ!と言いたくなるほど、夕実の準備は早かった。リュックを背負って可愛らしい女学生が俺の隣で歩く。


「あのー、アンネちゃん?何してるの?」

「大学に一緒に行くのですよ?」


チアリーダー風の服可愛いね。目立つな。

可愛すぎない?


夕実の方を見ると、頷いている。

仕上がりに満足している様子だ。


何でこんなことに。


残念だが、時間がない。俺は二人を振り切ることなどできる筈もなく、大学に急いだのだった。


「蒼ー、久しぶりー。」

「香澄、久しぶり。」


ハイタッチするノリのいい女の子は、香澄と言って、体育会系のマッチョな女の子。


後ろの二人に気がついたが最後、テンションが上がる。


「可愛い。何、妹?めっちゃ可愛い。あ、私蒼くんの友人の香澄です。宜しくね?」


香澄は女子校でモテまくったせいで、男より女の子を恋愛対象とする女の子だ。


今もアンネちゃんを舐めるように見ている。


「やめなさいって。」

アンネちゃんを隠すように立つ。


香澄は、夕実に頬擦りして、陽気に去って行った。


「騒がしくてごめんね。」

「いえ、陽気な方でしたね。」

アンネちゃんの笑顔に見惚れていると、講義の時間が迫る。とりあえず、図書館を案内して、俺は講義に急いだ。

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