第8話 悪役令嬢とクッキー

今日は庭の手入れをしよう。準備は万端。庭の手入れをしている格好を学校の奴らに見られたくはない、とか前なら思っていたけど、もうどうでもいい。アンネちゃんには既に見られているし、庭の手入れは楽しいから。


夕実とアンネちゃんは、クッキーを作ると言って、台所を占領しているから、俺は庭に追いやられている。


この前購入したアンネちゃんの花は、元気に育っている、はず。買ってから少ししか経ってないから違いがわからない。


一人暮らしをして半年間、少しずつ庭を整えてきたが、最後の一角を今日は整えようと思う。夕実やアンネちゃんが今後リクエストしてくれたら、新しい花の栽培もしたいなあ、なんて。


なるべく難しくないやつがいいです。

素人なんで。


家から甘い匂いがしてきて、鼻が反応する。

俺は料理はするけれど、甘いものは買うばっかりで作らないから、素直に尊敬する。夕実からすると、ちゃんと測って作るお菓子作りの方が、料理より作りやすいらしい。


料理はレシピがアバウト過ぎるらしい。確かに少々とか適量とか多いよな。


これが終われば、お茶が待ってると思うと、集中できる。土を触ると疲れが取れる気がする。黙々と作業していると、隣に誰かがいるのに気がつかなかった。


振り返ると、アンネちゃんがいた。多分俺を呼びにきたのだろうけれど、庭を見ているみたいだ。


は、恥ずかしい。ご令嬢に見せるほどの物ではないのですよ。


アンネちゃんが、この前買った花に気付いて見ている。


「これ、この前のお花ですよね。」


可愛い、と呟いたのが聞こえたけれど、うん。アンネちゃんが可愛い。


「このお花綺麗ですね。」


お気に召したようで嬉しいが、どうして俺は花に詳しくないんだ。花の名前だけでも調べておけばよかった、と思ったら、花壇の中に、名前を書いた立札を入れていたみたい。さすがだな、前の俺。


こう言う時、彼女の婚約者なら、花言葉の一つでもサラッと伝えて、感動させるんだろうな。


アンネちゃんは、庭が好きになったみたい。


「今度、手伝っても良いですか?」

「勿論。」


ご令嬢が庭の手入れなんて、しないだろうに、せっかくだから、何でもやってみようとアンネちゃんが思ったのなら、危なくない範囲で何でも我慢せず挑戦してほしい。


「あ、お茶飲みませんか?ってお誘いに来たのでした。」

思い出して微笑んでいるアンネちゃんに釣られて笑顔になる。


「そこ、足元気をつけて。」


言いながら自分が転びそうになる。しまらねー。足腰が年寄りみたいなのは、さっきしゃがんで作業してたからだ、と思いたい。決して加齢ではない。

アンネちゃんは、それでも楽しそうに笑っていた。


「クッキー初めて作りました。案外簡単なのですね。」

「そうなの?俺作ったことないから、尊敬するよ。楽しみだなぁ。」


中に入ると、クッキーの甘い香りと紅茶の香りが入り混じり、食欲を唆る。


「今日はアールグレイか。」

「うん、美味しいよね。」


手を洗い席につくと、まだ少し熱を持ったクッキーが置かれていた。


食べるとホロホロと崩れる。


「美味しい!」

何これ。買ったやつより美味しいんだけど?


俺の驚きをよそに、「まあまあ美味しくできたわ。」なんて、夕実が言っている。


アンネちゃんは感動?しているように見える。本当に初めての経験だっただろう。その初めてのクッキーを食べられて幸せだ。


また作ってほしいな、なんて。言えないけれど。


「夕実、私また作りたいです。」

アンネちゃんは意欲的だ。


「次何作ろう?」

「プリンは?」ダメ元で聞いてみる。俺はプリンが大好きだから。


「プリンなら、まあ作れると思う。」

アンネちゃんと顔を見合わせて笑う。

「でも、蒼も手伝ってね?」

勿論。

「何でも、仰ってください。」


戦力になるかはわからないけれど、頑張る!


クッキーを頂いたお礼に洗い物を引き受けると、それだけで恐縮された。間をとって、一緒に片付けることにした。


やっぱり可愛い。


アンネちゃんの姿を見ながら、ここで出来ることは全てやりつくして、帰ってもらうことにする。


アンネちゃんが帰ってしまったら、俺も夕実も腑抜けになりそう。いや、絶対になる。


いつかは居なくなってしまう存在だと言うのに、すぐに忘れてしまう。


俺が、アンネちゃんの為にできることは何だろう。美味しいものを食べさせてあげることぐらいしかできない。


あとは誰かに甘えることも大事。お兄さんに甘えることができないなら、擬似体験してもらえたら良いな、と思う。


え?気持ち悪い?

いや、大丈夫。邪な気持ちはないから。

本当だって。


買い物に行く前に、庭の手入れの、残りをしなくては。とりあえずやりたかったことの半分以上は終わってるので、まあ、次回でも良いっちゃあいい。


夕実が、家の中から大声で、叫んでるのが聞こえた。


「蒼ー、今日ピザ食べたい。」


そう言われると、その口になる。つくづく人の影響を受けやすいタイプだと思う。


アンネちゃんはピザ初めてだろうから、喜んでくれるだろうか。


と言うことは買い物に行かなくていいから、ゆっくり庭仕事ができる。夕実、感謝!

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