第4話 悪役令嬢と使用人

ご飯を食べ終えたら、夕実に声をかける。


「お前、布団で良い?」

夕実に使って貰う部屋に、ベッドはあるのだが、アンネリーゼさんに布団は難しいだろうと、確認する。


「良いよ。」

「じゃあ、アンネリーゼさんは、ベッド使って。」

「ありがとうございます。」


今日は、二人で寝て貰うことにした。アンネリーゼさんは全くの一人は不安だろうし、夕実はアンネリーゼさんに聞きたいこととか話したいことがあるだろう。


片付けが終わったら、お風呂を沸かしにいく。この家はいかにも古い日本家屋だが、風呂だけは、全自動。祖母の転倒防止の手摺りも付いている。それこそ、俺たちが幼い時は、五右衛門風呂みたいな、どう使うかわからない風呂があって、ワクワクしたが、今はあれがなくてほっとしている。


さすがに、アンネリーゼさんに入らせたら戸惑うだろう。彼女なら、案外気に入ってくれるかもしれないが。


いつでも入れるようにスイッチを入れて、俺は夕実の布団を部屋へ移動させておいた。アンネリーゼさんは身一つで来たため、着替えがない。今日は夕実にでも服を借りるとして、明日早々に買いに行かないと行けないな。


親から預かった夕実の生活費は、少し予想より多い。まるで、お金さえ渡せば自分達の責任を逃れたみたいな考えが好きではなかったが、こうなってくるとありがたい。この余裕分でアンネリーゼさんの滞在をよりよいものにしてあげよう。それこそが、勝手に召喚してしまった彼女への罪滅ぼしみたいなものだ。


ただ大事なお嬢さんを勝手にこちらへ連れてきてしまったのだから、お会いできるなら、いつかアンネリーゼさんの親御さんに、謝罪は必要だろう。


申し訳ない気持ちになる。だからこそ、全ては難しいとは思うが、彼女に不自由のない日常を送って貰うつもりだ。



「夕実、あと10分ぐらいでお風呂入るから、アンネリーゼさんと一緒に入ってあげたら。あ、あとパジャマどうしよう。お前の服貸してあげたらいいか。お前の養育費少し多めに貰ってるから、明日にでも買い物行ったらいいよ。」


「え、マジ。じゃあ、日用品とかいるもの買いに行こう。明日用事なければ蒼も行こうよ。」


「あー、うん。明日はバイトも休みだし、いーよ。荷物持ちとしてお供しますわ。」


「アンネちゃん、服とりあえず私の貸すね。あんまり可愛くなくて申し訳ないんだけど。アンネちゃん、元が可愛いから大丈夫!」


アンネリーゼさんは、妹に連れられて、一旦部屋に行き、ドレスを脱いでラフな格好に着替えて出てきた。


美少女、何を着ても似合う説。マジ可愛い。でかい犬のプリントのTシャツを着ても、ジャージを着ても、可愛い。


「私の格好、変ではないでしょうか。ドレス以外の服を余り着たことがないので。」


うん、恥じらいのあるその姿が、俺の息の根を止めに来ている。気持ち悪さが混じらないように返事をする。


「すっごく、可愛いです。」


溜めすぎて気持ち悪かったかもしれない。ああ、俺なんかがすみません。極力見ないようにしますんで。


「お風呂熱ければ水入れてください。」


ドレス姿は勿論綺麗だけど、ジャージとかラフな格好になると、急に等身大の女の子感が際立ってより輝きを隠せない。


水分補給のジュースを用意する。昨日バイト先からジュースをタイミングよく貰ったばかりなので、喜んでくれるといい。


そして、上がったら少し話が出来たら良いなぁ、と思った。自力で帰ることが出来るのか、とか。きっかけや原因の究明とか。色々。


兄と妹でも充分楽しい日常が、アンネリーゼさんのおかげで更に楽しみになってきた。


はっ、いかんいかん。気持ち悪さを出さないようにしなくては。彼女いない歴年齢の気持ち悪さを出してはいけない。


俺はただの使用人として彼女に接することにしよう。さしずめ、料理人ぐらいが良いか。

執事とかも格好良いけど。


洗い物を終えてぼんやりしていたら、アンネリーゼさんと妹が上がってきた。ジュースを選んでもらう。アンネリーゼさんの風呂上がり姿に見惚れていると、妹に釘を刺される。


「お願いだから、妄想だけにしてね。アンネちゃんには、お触り禁止ね。」


わかってるわい!童貞舐めんな!

妄想だけでご飯三杯はいけるわ!


って本当に気持ち悪いヤツ。


夕実の策にハマった感。


いやいや、アンネリーゼさんはあくまで観賞用です。それ以外あり得ないでしょう。あんな美少女と、自分が釣り合うなんて幻想は抱いてない。俺は19年間、伊達に夢を見続けたわけではない。美少女には、関わらない方が幸せになれることを知っている。


アンネリーゼさんのいた世界のことをたくさん聞くつもりだったのに、明日のお出かけについての話に途中から変わってしまったため、おいおい聞いていくことにした。


夕実が、寝るまでに聞き出してくれるかも、と淡い期待を抱いて、その日はお開きにした。


その夜疲れていたにも関わらず、美少女が同じ屋根の下にいることで、眠りが浅かったのは言うまでもない。







朝食はご飯派。とは言ってもシンプルに。ご飯と漬物と味噌汁と鮭程度のご飯内容だ。昨日の様子から、アンネリーゼさんに、和食と言うものを食べさせてみたくて、朝早くから作ってみる。妹は朝ゆっくりだし、とりあえず、待つ間に庭の花の水遣りに行く。


庭は祖母が花が好きだったため、割と広い。祖母が亡くなった後手入れもされず放置されていたため、弱い花はいくつか枯れてしまった。素人なりに、講義の合間を縫って、ガーデニングをやってみると、思いの他楽しかったので、時間を見つけては手入れして、少しずつ自分の庭にしているところだ。


買い物の際に小さな苗を買って、植えたいと思った。アンネリーゼさんが来た記念として。ってこれも、気持ち悪いかな。反対されたら、やめようと思いつつ、用意をする。


少ししたら、階段を降りてくる音が聞こえた。顔を洗ったり、髪を整えたりでこれから十五分ぐらいはかかるから、のんびりと家に入り、おつゆを温める。


三人分の用意をして、待ってると、シンプルなワンピースに身を包んだアンネリーゼさんが現れた。


可愛い。


地味に俺の理性を攻撃するのやめて頂いていいですか?


「そんな服あったっけ?」

「うん。一年ぐらい前のワンピース。太って着れなくなったやつ。アンネちゃんなら入るかなって。痩せたらまた着ようと思ってたけど、多分無理かなって。」


アンネリーゼさんの雰囲気に合った水色の清楚なワンピースは、初めからアンネリーゼさんの服だったかのように似合っていて、見惚れるしかなかった。


アンネリーゼさんは、和食は初めてだったようで、目を輝かせていた。


お箸が使い難ければ、とフォークとスプーンを出したが、練習すると言い、時間はかかったものの、箸で最後まで食べてくれた。



「美味しい。」と一口食べる度に、言うので、嬉しくて終始ニコニコしてしまった。こんなシンプルなご飯で褒められたら、調子に乗ってしまう。


可愛い子に手作りのご飯を食べてもらえて、褒められるなんて。ご褒美が過ぎる。落とし穴でも作られているんじゃないだろうか。


お箸も、アンネリーゼさん用のを買おう。帰るときのお土産にもなるし、使うたびに思い出して貰えるから、一石二鳥だ。


「食べたら行こうか?」

「うん。用意してる間に、洗濯物干しとくな。」

「ありがとう。」

「いーえ。」


女の子の外出準備は時間がかかる。それはどの世界も共通の常識らしい。俺は、準備と言っても、上に何か羽織れば良いくらいで大丈夫なので、男で良かったと思う。


洗濯物はいつも縁側に干している。元々は、物干竿があったのだが、すっかり風化してしまったので、室内用の物干を買って、そこに干していた。


縁側に干すと、西日がいい感じに当たるのと、室内だから、取り込み忘れがないので、雨の日などは楽で良い。


三人分の洗濯物と言っても、下着ぐらいしかないからそんなに量は多くない。


と、ここで気づいてしまった。気づかずにいればよかったのだが。これ、アウトか?


妹の下着だと思えば、大丈夫…かな?


心を無にしろ。大丈夫だ。やればできる。ただ洗濯物を干すだけなのに、煩悩と理性の狭間で揺れ動いた結果いつもより時間がかかってしまった。


こんなことを考えているのがそもそもアウトだ。俺は二人には知られないところで、使用人に徹することにした。


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