第3話 悪役令嬢とタコパ

俺は急いで紅生姜を買い、家に帰ると、妹が二人いた。


いや、違う。シルエットは似ているものの、よく見ると、ドレスみたいな綺麗な服を着ているし、明らかに日本人ではない。


「友達?」

妹の表情から違うとは思うものの、聞かなくては始まらない。


「違う。えーと、こちらは、アンネリーゼさん、私召喚しちゃったみたいで。」


妹よ。にいちゃんがわかるように説明してくれ。ひとつも、わからん。


紹介されたアンネリーゼさんは、流暢な日本語で丁寧に挨拶してくれた。


「リーフ公爵家が娘、アンネリーゼと申します。突然このようにお邪魔しまして、誠に申し訳ありません。申し訳ついでに、帰り方がわかるまで、こちらでお世話になりたいのですが、いかがでしょうか?」


明らかに戸惑った様子で行く所のない娘さんを、寒空に放り出す俺ではない。何やら、公爵家やら、召喚やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、俺は考えるのをやめた。


部屋はいくらでもあるのだ。妹と同じ部屋でも良いし。


「良いですよ。と言うか、悪いのはこちらですよね。気の済むまでいていただいて大丈夫です。後でお部屋を案内しますね。」


そう言うと、これまた丁寧にお礼を言われた。


「俺は、日向蒼と言います。そこにいる夕実の兄です。料理担当なので、食べたいものがあれば、言っていただければ、ご期待にそえるよう、頑張ります。俺のことはアオイと呼んでください。」


アンネリーゼさんには及ばないが割と長く頭を下げた。作法があってるかはわからないけれど。


妹の夕実はすでに、アンネちゃんと名前呼びにしている。歳が近いのかな?俺もアンネリーゼさんをアンネちゃんと呼んでいいものか。気持ち悪いとか思われたら嫌だから、当分は様子見だ。


「アンネ…リーゼさん?今日タコパなんだけどいいかな?アヒージョもあるけど。他にご飯を用意してなくて。」


アンネリーゼさんは、不思議そうな顔をしている。もしかして、食べたことがないのかな?公爵家の娘とか言ってたし。


よし。


「アンネリーゼさん、騙されたと思って、一回食べてみてよ。美味しいから。」


ここにいる間に庶民の食べ物を教えてあげよう。俺は謎の使命感に燃えた。油がはねてドレスが汚れたら怖いので、比較的きれいな割烹着を貸してあげた。後から弁償とか言われても無理だしね。


「油がはねるから火傷だけ、気をつけて。」

そう言いながら、焼けた生地をクルクルと丸くしていくと、アンネリーゼさんは目を丸くしてじっと見つめていた。ただでさえ、大きな瞳が更に大きくなり、あまりにも釘付けになっているので、木串を渡して、「やってみますか?」と声をかければ、恐る恐る手に取る。


「こうやって、こうやって、こう。熱いから気をつけて。」


たこ焼きを焼くのは慣れないうちはとても難しい。アンネリーゼさんができなくても仕方ないが、案外、予想は外れてアンネリーゼさんは上手に丸にした。


「あ、凄い。上手だね。普通はできないんだよ。凄い凄い。」


俺の言い方に、ただ口先だけで褒めてる訳ではないとわかったようで、少し得意気な表情をしている。その顔がさっきまでのよそ行きの顔と違って可愛い。


初めて上手に出来た時の妹みたいに思えて、微笑ましくなる。


「じゃあ、ここの列、お願いできる?」

隣の列をひっくり返しながら、聞くと頷くのも忘れて集中している。一緒に丸くする。お手本を見ながら器用にクルクル丸めていく。この技術は残念ながら、他には全く応用は出来ないけれど、思い出に覚えて帰ってほしい。


たこ焼きの半分が焼けるのを待つ。某有名店のように油をたくさん引いた揚げ焼きみたいなのも美味しいが、家のはシンプルが良い。機会があれば、そこのも食べさせてやりたいな、と思った。


こちらが、二人でたこ焼きを焼いている中、せっせと鉄板の半分を使って夕実はアヒージョを作っている。ちょうどたこ焼き用のタコがあるので、多分余るだろうタコを使うためだ。アンネリーゼさんは、待つ間、興味がそちらに移ったようで、アヒージョを見ていた。


「もしかして、初めて食べるの?」

「はい。美味しそうですね。」

「お口に合うかわからないけど。」

「匂いが既に美味しそうなので、大丈夫かと。」


出来上がりのたこ焼きを皆自由にデコレーションする。アンネリーゼさんは、とりあえず王道を食べてもらう。


「中身が熱々だから、気をつけてね。」


お箸を見様見真似で、使おうとするが、これは少し難しいみたい。フォークとナイフを出してあげると、器用にたこ焼きを切り分けて食べている。


俺まだ19年そこらしか生きてないけれど、フォークとナイフでたこ焼き食べる人初めて見た。


アンネリーゼさんの名誉の為に、青のりは少しにしたけど、彼女の「美味しい。」の顔は、見事に歯に青のりが付いていて、どこか懐かしくて笑ってしまった。


こんなお嬢様に認めてもらえて、多分たこ焼きも喜んでるよ。



アヒージョがもうすぐ出来そうなので、買っておいたパンを切る。フランスパンを少し多めに買って良かった。食べきれなかったらフレンチトーストにしたら良い。


アヒージョもアンネリーゼさんのお気に召したようで何よりだ。あんなに嬉しそうに食べられると用意して良かったと思うし、何より夕実が楽しそうで、ホッとする。


何でこうなったか1ミリもわからないものの、アンネリーゼさんが来てくれて良かった。丁重におもてなしをすることを俺は今決めたのだった。

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