第2話 俺と妹と悪役令嬢

その日は朝から不思議と落ち着いていた。大学進学を機にあの息苦しい実家から離れて、念願の一人暮らしを手に入れた俺の元に、今日から妹が実家から派遣されてくる。県内一、難しいとされる進学校に進んだ妹は、夏休みを過ぎたあたりから学校へ行けなくなってしまった。所謂不登校である。


親からの電話に不穏な空気を感じたものの、出ないわけにいかず、電話に出ると、妹を説得し、面倒を見ろ、と言う。


半年会ってなかっただけの、仲は悪くはない妹を拒否するはずもなく、二つ返事で受け入れた。要は念願だったにも関わらず、一人暮らしに飽きてきていた。



そして、今妹から連絡が来るまで、自分の荷物を整理しているのだが。


大学生の住む一人暮らしの部屋といったら、ワンルームの狭い部屋で、壁が薄い、と言ったイメージだろうが、ここは一軒家で元は祖母が住んでいた。


祖母が亡くなって売る予定だったのが、理由はわからないけれど、予定がなくなって、大学進学を機に住まわせてもらえるようになった。


両親が共働きで、よく俺たち兄妹はこの家に預けられた。日本家屋の古い一軒家は、子ども心にどこか恐ろしくそれでも興味は尽きなかった。


あの頃の妹は、よく笑うお転婆な子だった。俺と違い、勉強が出来た妹は、親の期待を一身に受け、育った。念願の女の子だったこともある。祖母は、子どもは元気ならそれで良い、という思考の持ち主で、結構好きにさせてくれたが、妹はそのうち、塾やら習い事やらで、あまり一緒には来なくなった。


俺たちが、持ってきたものや、忘れていったものを祖母は大切にしまってくれていた。


さっき、恥ずかしいものを見つけてしまった。妹が来るまでには捨ててしまわねばなるまい。


それは昔つけていた日記帳だった。日記自体は4日程で飽きている。半年後ぐらいに、思い出してはまた書いて、また飽きて、を繰り返していたようだ。


今と変わらないことに、愕然とする。人はそう簡単には変われない。


ふと、日記帳に紙が挟まっているのに、気づくと、広げてみる。全く思い出せない謎の図が書かれている。よくわからない。インクが薄くなっていて、紙も黄ばんでいる。


何故か気になった俺は、消えるボールペンで、線をなぞった。出てきたのは、昔書いた魔法陣に似た何かだった。


そういえば、昔魔法使いの映画を見た時に、ハマって魔法陣とかを書いたりしていたのだった。


今思えば、自分は、可愛らしい子どもだった。あの頃は、頑張りさえすれば何でも思い通りになるとすら思っていた。


懐かしさに少しぼうっと眺めていたが、妹は何時に来るのだろう。メールで時間を聞いていたか、確認する為、その場を離れる。


妹が、不登校になった理由も、今の彼女についても、特に知りたいとは思わない。けれど、あの息苦しい実家に一人残していったことに多少なりとも罪悪感を感じている為、ここにいる間はたくさん、やりたいことをさせてやりたいと思う。


メールでは、たこ焼き食べたい、と書いてあった。よし、じゃあ、今日はタコパだな。料理の腕を奮うのは次の機会にして、材料を買いに出かける。近所のスーパーまで歩くと、夕焼けが綺麗に空を染め上げていた。


昔、祖母と妹と見た夕焼けだ。


そう、俺はこの時、少しだけ感傷的になっていたのだった。


家に帰ると、妹が合鍵を使って入ってきていた。


「ああ、おかえり。今買ってきたから、すぐ用意する。」


妹が手にしていたのは、ゲーム機だった。何のゲームか覗くと、綺麗なアニメーションの映像が流れている。


「面白いの?」

材料を切りながら尋ねると、こちらをみることなく、「うん。」と返事をする。


「良かったらさ、この鉄板の半分でアヒージョ作りたいんだけど、いい?」

妹がようやくこちらを向いた。

「勿論、私も手伝っていい?」

「勿論。」


妹はアヒージョが大好きだ。親がご飯いらない時に二人でよく作っていた。簡単で美味しくてオシャレ、と言いながら。


「あ。」

大事なものを買い忘れたことに気がつく。


「紅生姜買うの忘れた。ちょっと買ってくるわ。」


紅生姜がなくても良いとは思わない。あれはなくてはならないものだ。


俺がスーパーに紅生姜を買いに行っている間、妹は、またゲームをやるためにゲーム機に手を伸ばす。


ゲームは最近買ったものだ。家であまりにもやることがなくて、親が仕事でいない間に買いに行った。学校には行く気にならなくても、家に篭りきりではない方が良い、と外に出るのは親は反対をしなかった。


兄の所に行くことは、自分から言ったのだ。兄は、どう感じるかはわからないが、両親と違い、何も強制しない兄が妹は割と好きだった。今だって、動かなければならない時は自分で動くし、こちらに何も期待しない。


帰ったら、また、焼き始めるのだろう。勉強ができないし、特に何の特技もないと、自分では思っている兄であるが、妹は兄の魅力をわかっているつもりだ。兄は一人でも真っ当に育つ。だから、両親も放っておくのだろう。


妹は、幼い頃に良くきた筈の部屋を見て回る。あまり覚えていることはない。いつからか、習い事が多すぎて、この家には寄り付かなくなっていたからだ。


周りを見渡すと、手帳らしきものが見えた。何も考えず、パラパラめくると、紙が挟まっている。ボールペンで描かれてある図案を見て、何故かザワザワした。


そういえば、魔法使いになりたいと、兄が言っていたことがある。幼い頃だ。私も本当は、同じことを言いたかった。けれど、同じことをいって、真似をしたと思われるのが嫌で言わなかった。


(こういうのって召喚とかに使うやつだよね。)


ただの気の迷いでしかなかった。今思えば、祖母との思い出がただ懐かしく、最後に会えなかった罪悪感がまだ少し残っていたせいで感傷的になっていた。


そして、妹は童心に帰った結果、悪役令嬢を召喚してしまったのである。

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