第14話 姉弟の事情
「はぁ…姉さんももうちょっと僕のことを考えてアトラクションに乗ってくれないかなぁ…」誰もいないトイレで愚痴をこぼすのは狭山家の良心、日高である。
しかし、愚痴を言ってしまうのも理解は出来る。入間は部長達のデート計画を皆で考えて久米が帰った後、
「ねぇ、あんたも久米っちとデートしたらいいじゃん」と入間は言ってきたのだった。…見事に悪魔のささやきである。思わず乗っかった結果、次々に絶叫マシン巡りに付き合わされる事になっている最中だ。正直、日高はそういうのは大方の予想通り苦手中の苦手だったりする。
トイレに来たのも入間がジェットコースターを破竹の連続4周目に入ろうとしたから緊急避難として逃げた為である。あのまま乗っていたら救急車が来て、しばらくジェットコースターは運行中止になっていただろう。
血圧の乱高下と振り落とされそうな恐怖とで、だいぶ気分が悪くなってしまっている。
「…戻るか……」正直戻りたくはないのだけど、もっと休むとトイレが長い事をイジられるのでしょうがないのだ。
気分もさっきよりは多少良くなった気がしない事もないような気もしなくもない。
「…よしっ」勢いをつけないとグダグダしそうなので声に出してトイレの出口に向かうのだった。
「あれ?久米さん、姉さんは?」戻ってみると久米は居るのに入間はどこにも見当たらない。
「あぁ、日高くんを待っていられないって一人でさっさと乗りに行ったよ」久米はベンチに座りながら辺りをキョロキョロしながら答えた。
「……だったら最初っから一人で行っててほしかった…」「ん?なんか言った」「いえ、こっちのことです」「?」「というか久米さんは何を探しているんですか?」とりあえず話題を変えたい為に気になった事を聞いてみる。
「あー…うん、部長達上手くやっているかなって」「あぁ、姉さんが勝手なことをしてすみません」「いや、日高くんが謝る必要はないって」「まぁ…そうなんですが…」入間の提案に乗ってしまってはいるので日高は責任を感じてしまうのだ。
「とにかく、二人には上手くいってもらわないと」拳を握り呟く久米。
「そんなに気負わなくても」「でもっ、私がいるから台本が出来なくて…それでケンカになったんだから。責任はあるはずだよ」
「それは…」「それに、私はあの二人が仲良くなってくれれば満足だし」「久米さん」「何?」いつもとちょっと違う雰囲気で苗字を呼ばれて久米は少し驚きながら聞く。
「久米さん自身はそういう関係になりたいとか思わないんですか?」「えっ」「久米さんは部長達のことばっかり気にしてますけど、自分のことは考えないんですか?」「それは…」
「…よく分からないの…私がそういう人と一緒になるっていうのが想像出来なくて…」「それなら僕と…」日高が なけなしの勇気を出すが、久米はそれに被せるように「だからっ、もっと部長達のそばで人を好きになるっていうのがどんなものか知ってから考えたい…かな」
「…」「どのくらい掛かるか分からないけど…待っててくれるとうれしいな」
「…じゃあ、僕は久米さんのそばで待っています。いいですよね」「うん」「…ちょっと、ジュース買ってきます」「うん」
日高は百メートル位離れた自販機でコーラか香料と着色料でオレンジやグレープ味にした炭酸飲料か悩みつつ
「はぁ…」何とも言えないため息をついた。
振られた訳じゃない。けど、付き合う訳でもない。どっちつかずのフワフワ状態。とりあえず傍にいてもいいということなので嫌われている訳じゃないということは分かった。それだけだ。だから…
「おーーい!」ズシッ
「うぇっ?!」いきなり背中に何か乗っかってきたので日高は支える暇もなく潰されてしまった。
「あれ?そんなに重くないはずなんだけど倒れちゃった」日高が倒れる直前に逃げたので平然と立ったままのそいつはあっけらかんと言う。
「…っていうか、いきなり乗っかられたら重くなくっても倒れますって…姉さん」日高は起き上がりながら恨み言を言う。そう、乗っかってきたのは入間だったのである。
「それで、久米っちと上手くいったの?」
「…一応、最悪な事態にはならなかったけど…」「うん」「まぁ保留って感じです」
「ふぅ〜ん」
「……それだけ?!興味無くなったの?」「いいや〜、興味はあるよぅ。だけどさ、アンタが納得したような顔してるからこれ以上は良いかなって思っただけ」
「…」一応、入間が『もっと強くアタックしなきゃ!!』とか言ってきた時用に、久米が恋愛について真摯に向き合おうとしているので応援したい事を入間に伝わるか自信が無いけど"説得しなきゃ"と考えて身構えていた事が彼女の理論であっさり納得されて肩透かしを食らった気分だ。と、同時に姉を信じていない自分を恥じてしまう。
「あ、そうそう。部長達はね、あっちの回転するタワーのヤツに乗ってるよ。やっぱりあの二人だと絶叫マシン乗らないね。みんなゆっくり動くヤツばっかり乗ってたし」「そりゃあ姉さんみたいに絶叫マシンがデフォルトの…って!姉さん、部長達が見えたの?!」
「だってジェットコースターは園内のあちこち回るからねぇ」「いや…あんなのに乗ってよく見つかるなぁ…」「フフン、ジェットコースターに乗せられているからダメなのよぅ、自分で操っている感じでいないと」「そんな余裕なんかないって…」
「それじゃあ、姉ちゃんはバイキングとスペースシャトルを交互に乗りに行く義務があるので」
「義務も何も…姉さんただ乗り足りないだけでしょ」「そうとも言う」と、言って入間はその場を後にした
…と思ったら戻って来てこう言った。「アンタの恋の進展がないからって焦ったらダメだよ」
「え?」「焦らずにチャンスを見極めて、”イケる!”って思ったら全力でぶつかってくのがいいと思うよ」
「あ、ありg……いや、姉さん。誰かと付き合ったことないでしょ」「ないね」「それなのにアドバイスって…」「まぁ、私の勘だね」「…まぁ、心の片隅に置いときます」日高は普通の人なら”勘”って言われたのを覚えておく訳はないのだけど、あの入間の”勘”っていう事で否が応でも覚えるしかないのだ。それは今まで入間の”勘”の不思議な位の的中率を間近で見ていたからでもある。小さい頃、知らない道を進んで迷子になった時に「こっちな気がする」と進んで行ったら見覚えのある所に出たりしたのを鮮明に覚えている。
「うん、じゃあねー」「はい、行ってらっしゃい」
いろんな思惑に縛られていない入間の笑顔は最高に輝いているのだった。
「久米さん、喉乾いてませんか?コレいかがです」日高はオレンジ味の炭酸飲料を久米に見せた。
「あ、ありがとう。お金払うね」「あ、大丈夫ですよ」「う~ん、そう?」「はい…それでさっき姉さんから聞いたんですけど、部長達は あそこのタワーのとこにいるみたいですよ」「え?見えたの?」「そうみたいです…」まだ日高は本当に見えたのか半信半疑ではあったが、入間が噓をつく必要があるように思えないので久米に伝えた。
「じゃあ、行ってみましょう」「はい」
「あれ?その入間先輩は?」「絶叫マシンパート2に旅立って行きました」「…うん、楽しそうだね」久米はかなり苦しい笑いを浮かべて言う。
「あっ…久米さん、ああいうの苦手だったんですか?すみません、姉のせいで…」「あ、いや大丈夫よ。目まぐるしく景色が変わるからちょっと疲れただけ」「そうですか…」
日高はそこまで言って、ふと気付いた。
(アレ?絶叫マシンを怖がってるのって僕だけっ?!)
気付かないでいた方が幸せだったのに…。
「じゃあ、部長達の様子を見に行こう」
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