第13話 決戦の土曜日
「…ねぇ、本当に大丈夫なのかしら…」不安そうな声で隣の久米と入間に聞くだいぶお洒落な私服を着ている大塚。この服は演劇部の女子連中が本人を連れまわしてあーでもないこーでもないと選んだもので大塚は普段ファストファッションしか着ないのでほとんど初めてのおめかしである。
これから川越と大塚のデートだ。ただ、二人共気まずくて素面じゃ出来ない。そこで久米が考えたのは「演じてしまえばいいんだ」という思い切った作戦だった。
自分の言葉ではなく、セリフだから会話のきっかけも作りやすい。演じていれば二人の間の溝は埋まって打ち解けるのではないか。
そこまで考えて狭山姉弟を交えた3人で台本を書くという作業をしてみたが、これが中々進まない。それでも何とか絞り出して出来たのが、大塚の手に持っている台本なのだ。流石に演者ではない大塚にセリフを暗記させるのは酷なので、台本を持ちながら演じてもらう。変な光景だとは思うが今回はそうする他ない。ちなみに川越は すぐに全部暗記してしまった。
白いワンピースとかいつ振りだったか本人ですら遠ーーーい昔に微かに記憶に残っているくらいしか思い出せない。そもそも素足を見せる服なんて今の大塚の洋服ダンスに無い。サンダルもホームセンターなんかにあるものなんかじゃなくて、白いヒールが高めなヤツだ。
「大丈夫ですよ、私達の渡した台本の通りにやれば川越部長と恋人同士になれますよ」
「…その言葉…ちょっと恥ずかしいんだけど」珍しく顔を真っ赤にして俯きがちに言う大塚。
「えっ、恋人になりたくないんですか?副部長」チョイ煽り気味に言うのは入間。流石、空気読めているのかいないのか分かりにくいところがクラスでも有名なだけはある。
「そっ、それは…な…りたいけども…」口ごもりながら言葉を何とか吐き出すが、次の瞬間
「あぁっ!あの人とのことでこんなに緊張するなんて思いもしなかったわ!!」思わずどこかにいるかもしれない運命の神様に向けて叫んでしまう。
「まぁまぁ、コレさえ乗り越えれば副部長の望みが叶うんですよ」
「…ねぇ、やっぱり台本に沿って演じるなんて無理じゃないかしら」
「それじゃあ何もない状態でやってみてくださいね」「無理ぃ~…もう帰りたい」だいぶ砕けた口調になってしまっている。自分を保つ余裕すら無いみたいだ。
「そんなこと言わずに、受験みたいなものだと思って乗り切って下さいよ」
「……はぁぁ…じゃあ合格してみせるわよ」「それでこそ副部長!」入間が手をたたいて盛り上げる。
「それじゃあ、その坂を上って道路をくぐった先に川越部長がいますのでそこからスタートです」
「わかったわ」大塚はそう言うと一人で坂を上り始めた。
久米は日高にメールを送ると「…大丈夫…だよね」と呟いた。それを聞いた入間は「それはあの二人次第じゃない?私達はお膳立てするくらいしか出来ることなんてないし、これでダメならどうやってもダメだろうしね」と言い切る。
「それ、あっさりし過ぎじゃないですか?!」「まぁまぁ、とりあえず後のことは二人に任せて私達は私達で楽しみましょ」「楽…しむ」「そう!私達もあの遊園地で遊んじゃおう!」「え!?いや、部長達の様子を見るんじゃないですか?!」
「ここまで来て見てるだけなんてもったいないし、ねっ」「いや、何かあったらどうするんですか!」「ないないってー」「いや、しかし…」「ホラホラ、バイキングとジェットコースターが待ってるよっ」「…見事に絶叫系じゃないですか」「苦手?」「苦手じゃないですけど、疲れちゃうんですよね」「それなら疲れて寝ちゃっても日高に背負わせるから大丈夫」「それは恥ずかしいので却下で」「まぁまぁ、とにかく楽しんだもん勝ちだって」そう言って入間は久米の手を引っ張った。そのまま強引に坂を上っていく。
入間と久米が去っていった後に残されたのはセミの声と地面が熱を帯びて出来た陽炎だけだった。
「ま…"待った?"」少し声をうわずらせて後ろ姿の彼に声を掛けたのは今日世界中で一番緊張している大塚その人である。
「"いや、全然"…」声に反応して振り返った川越は固まってしまった。これは台本に無いものだ。
「?どうしたの?」黙っているのも緊張するし、さっきの上擦った声を忘れさせる為に台本に無い言葉を掛けた。
「いや…何だか雰囲気が、いつもと違うから…」
「いつもってどんな感じ?」
「こういう服着てるのスゴい久しぶりだし、こんなに積極的にグイグイくることなんてなかったし…」
「ふぅ〜ん…そうなんだー」
「と、とにかく台本の続きやるぞ…"こっちも今来たばかりだ"」
「"ふふ、それじゃあ行きましょ"」「"あぁ"」
チケットを買い、ゲートをくぐる二人。
それを死角からこっそり覗いていた3人組。
「…いい感じじゃない?」「初っ端からアドリブ出ましたよね…」「やっぱり台本に問題があったのかな」最初が入間で、次が日高、最後久米の順番でコメントしていった。
「そんなこと言ったって私ら台本なんて書いたことないんだからしょうがないでしょ」「まぁ、そうなんですけど…もっとどうにか出来たんじゃないかって思ってしまいますよね」
「副部長はいつもこんなこと思うのかな…」「それは本人に聞かないと分からないから今は考えない。はい、閉廷!」入間はそう言うと二人の手を取ってずんずんチケット販売所へ向かい「高校生3枚で」と入場券を買い、ゲートをくぐっていった。
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