第12話 決意の夜に

(何でこんな事になったのかしら…)


ちゃぽーん


浴槽に浸かっている大塚は一人考える。久米の勢いに押されて久米の家に連れてこられたが、そこで待っていたのは


ゲームだった。


RPGは時間が足りないという事だろうか、アクションゲームや落ちものパズルやシューティングなどを代わるがわるやらされた。しかも途中で久米の二つ下の妹、美住も参戦して騒がしいやら普段やらないゲームで大変やらで他の事を考える暇もなかった。少なくとも久米のゲーム好きは痛いほど分かったのであるのだけども。


見慣れない天井、頭を湯船のフチに置くと楽なので上を向いた状態だから天井がよく見える。なんだかんだ遅い時間になったので今日は久米の家に泊まる事になったのである。目の端には買ったことの無い銘柄のボディソープ、シャンプー、コンディショナー。他人の家のお風呂は自分の家と配置も違って戸惑う。特に裸眼の視力が0.0台の大塚はボトルを取れたとしても、それがシャンプーなのかコンディショナーなのかボディソープなのか。


目を細めてボトルを1・2センチくらいに近づけ滲んだ視界で何とか確認出来たのだけど、だいぶ苦労したのを思い出す。…さっきのことだけど。


頭を元の角度に戻すと視界が薄茶色でボヤケていて、何か異世界にいるみたいだ。折角の異世界なのだから現世の事はしばらく忘れて…。


……


「大塚先輩」突然久米の声がした。


「えっ、な何?」無防備に現実逃避していた大塚は驚いて声がうわずってしまった。


「あっ、良かった生きてた」扉の向こうから安堵の声が聞こえた。「…何よ」


「いや、結構長く入っているから溺れたりしてないかと…」「家の風呂場で溺れる訳ないでしょ」「いやいや私が中2の時、死にかけたコトがあるからっ」


「…結構抜けてるのね」「いやいやだって浴槽ってツルツルしてるから全っ然どうにもならないしっ」久米は必死に言い訳のようなものをする。


「大変だったって事は分かったわ」「そう、あの時はたいへんだったの」


「まぁ、いいわ」


「じゃあ、まだ入ってるなら私は部屋に帰るね」「あっ…ちょっと」「ん?」


「私と彼…川越部長ってどういう風に見えてたのかな」「どうって…似合ってましたよ。二人ともそこにいるのが当たり前という感じで」


「…そう」


「…私は恋愛とかしたことないから、するならあんな感じの関係になりたいなぁって思ってましたし、正直羨ましいです」


「そう言っても…もう今までみたいに彼と話す事なんて出来ないわよ」


「そう…かもしれません。でも、それなら他人からやり直すのもアリなんじゃないですか?」「他人から…?」


「そうです。昔から知り尽くした相手じゃなくて、知らない相手としてやり直すんです」


「でも、今さらそんなこと出来ないわ」


「いいえ、出来ます…出来るはずです」


「もう、いいのよ…終わったことだから」大塚はすりガラス越しでも分かるくらい辛そうな声で絞り出すように言う。


「本当に終わりたいですか?」「えっ」「大塚先輩は川越部長との関係を終わらせて後悔しないんですかっ!」


「っ!」


大塚は言葉に詰まる。後悔…それが無ければこんなに悩むことなんてないのだと大塚は今になって初めて気が付いた。


「先輩方は別々の大学に行くと聞いてます。もし、このまま卒業したら…二度と話せなくなるかもしれませんよ」「そんな大袈裟な…」


ガラッ


久米がいきなり風呂場の扉を開けた。


「や、ちょ…」大塚が戸惑いの声をあげる。同性とはいえ、突然開けられて困るのは当然だ。


「…やっぱり、嫌なんじゃないですか」「どうしてそう言い切れるの」「だって…泣いてるじゃないですかっ」


大塚はハッとする。頬を冷たい筋が通っている事を知ったからである。


「ホントは川越部長のそばにいたいのを気付かないフリして誤魔化しているんじゃないですか?大塚先輩は気持ちを表に出さない感じですけど、我慢して波風起こさないようにして自分の気持ちを殺していたんだと思います。そうじゃなかったら大塚先輩が泣いているのもそうですけど、さっき大塚先輩は川越部長と一緒にいる時どう見えてたか聞いてきたのもホントはちゃんと恋人同士に見えていたか知りたかったんじゃないですか」「…」


久米の言葉が大塚に突き刺さって身動きとれないまま、久米の疑問を大塚自身の中に問いかける。


(……そう…だったんだ)大塚の中で何か理解した。


「…私は今まで彼について行くだけで自分の好きな読書や脚本制作だけやって他の事は彼がやってくれた。演劇部も彼が立ち上げて…そもそも演劇に興味があったのは私で、彼は全然知らなかったのに私が話すのを聞いて演者に興味を持つようになって…私、”もしかして、好かれたいからやっているのかな?”って薄々気付きかけていたけど、”いや、私のような奴にそんな物語みたいな事起こるわけがない”って思って彼に直接聞かずに逃げてたの。昔から彼は面倒見がいいからそういうもんだと思ってたし。でも…」


「彼ともう二度とちゃんと話す事出来なくなるかもって…今さらだけど、怖くて……私、彼に甘え過ぎてたんだなぁ」


「もっと私がちゃんと彼と向き合っていたなら、こんなことにならなかったんだろうなぁ…」


「やり直せますよ、絶対」


「…絶対?」「ええ」「どうしてそう言い切れるの?」


「大塚先輩はドコが悪かったのか理解しましたし、それに…」久米はひと呼吸おいて大塚を真っ直ぐ見て言った。


「川越部長のコトがもの凄く大事なんだって私にも分かりましたからっ」


「…」


「新しいお二人の関係の構築を全力で応援させて頂きます!!」


「…ありがとう」大塚はそれを言うだけで精一杯だった。

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