第11話 霹靂の青天

「…はぁ」


ため息をつく。それには夕立ちに降られたのもあるし、帰りの電車間違えて無駄な往復したのもあるし、買ってきた文庫本が期待した程でもなかったのもあるし…




…いや、それ以上に落ち込んだのはやっぱり…


「ケンカしたからか…」


大塚は自己嫌悪やら後悔やら、でも私悪い訳じゃないしやら色んな感情がずっと頭の中を駆け巡っている。


(こんなに大ゲンカしたことってあったっけ)思い返してみるが、大抵彼がすぐに折れてすぐに元通りになる。今回は彼にも譲れないものがあったのであろう。


かと言って、大塚も引く気は無かった。


(あんな提案されても書ける訳ないじゃない…私はもうチョット落ち着いた戯曲なら書いたことあるし書けるけど…)


ハンドバッグに入れてあるノートを見てみる。数行で止まったままの文章が張り付いているが、どうしても先へ進めない。文章を変えたりしてもしっくりこない。力量不足なのは明らかではあるが、どう改善していけばいいのか見当がつかない。


とりあえず今日は都心の本屋を巡ってきた。でも、パラパラとページをめくって立ち読みしている時にチラッと


『何であんな言い方しちゃったんだろう』『でも、もうチョット私に配慮してくれてもいいんじゃない?』『私が出来ないのがいけないのかな』『それにしたって無理矢理させようとするのは嫌だし』


…色々な感情が出てきて本に集中出来ない。大塚はあちこち回ってみたが、どうにも辛くなって帰りの電車に逃げ込んだ。


外にいると全身を4人くらいのヒーターを持った人に囲まれながら歩いている時と同じくらい暑かったが、電車の中に入ると一気に冷やしてくれる。


外の大変さからシャットアウトされた車内。やがて心地よい揺れも加わり


「すーすー…」


現実から逃避する大塚であった。





「ただいま」


大塚が自宅の玄関のドアを開けたのは日もだいぶ傾いた頃である。本当ならもっと早く家に着いている筈なのだが…電車の揺れって何であんなに眠れてしまうのだろうか…起きたときには降りる駅をだいぶ過ぎてしまい、折り返しで戻ってきた為に遅くなったのだ。


「ん?」いつもの玄関、だけど今は何か違和感がある。いつもそんなに気にする事など無いのだが、やっぱりいつもと違う…。


何の事はない、靴の量が多いのだ。しかし、そこでもう一つの疑問が出てくる。


(今日…何かあったっけ?)


これだけの人数だと親戚か何かが来ているのかもしれない。だが、そんなことは聞いていないのだから困惑するばかりの大塚。


「ねぇ、誰か来ているの?」この大塚の問いに


「あっ、副部長。おかえりなさい」リビングから顔を出して答えたのは狭山姉こと入間だった。


「へ?」


「あっ、お邪魔してます」その弟、日高もその上に顔を出す。


「は?」


「すみません、どうしても聞きたいことがあって…」1番下に久米の顔が出てきてトーテムポールが完成した。


「な、な…」大塚は目をまん丸にして驚いていた。これは彼女の人生で3回しか見せたことの無い表情で希少価値は高い。


「何なのコレぇーー!!」


舞台でも通じそうな見事な発声を披露したのであった。





「そんなに責任感じなくていいわよ。どうせ遅かれ早かれ気付いて同じ事になってただろうし」大塚の部屋に移動してから久米の自責の念にかられている事を告げると大塚はこう言った。ちなみに川越は久米達を大塚の家へ案内したうえに家族に説明までして、自分の家へ帰ってしまった。そりゃあ、アレから数時間で顔合わせるのは難しいらしい。


「でも」久米はまだ払拭出来ない感じだが、


「私も彼との関係をちゃんと考えてなかったからどうしていいか分からなくなって怒鳴っちゃっただけよ」


「そうですか…」


「それで副部長は部長のコト、嫌いな訳じゃないですよね?」日高は珍しく自分から聞いてくる。


「それは…分からない」「やっぱり」


「けど、前に言ったのとは違って知らない内に意識するようになってたんだと思う。それで私自身が戸惑っている…んだと思うけど…それが正解なのか、どうやったら解消出来るのかなぁ…って。もちろん彼を嫌ってる訳ないんだけど…」


「う〜ん…あっ、そういえばどうして部長と副部長はケンカしてたんだっけ?」


入間の疑問によって初めて気付く。そう言われればそのへん一切聞いてなかった。


「あぁ…それは、コレよ」


と、大塚が取り出したノートを奥にいる久米に手渡す。それは台本が途中まで書かれたものだった。


「…えっ?」パラパラ捲った久米は驚きと戸惑いの声を上げた。


「あの…これだけですか?」


久米が思わず言ってしまうくらい短い文字列であった。…どの位だと思う?



5行


登場人物の設定のところを除いてたったの5行しか書かれてなくて、その先は新雪の様な真っ白さで誰も踏み入れた形跡も無い事を物語っていた。これだと何も始まらない。


「うん、それだけ」「どうして」「それはあの部長が無茶振りしてきたからよ」「無茶振り?」久米を始め狭山姉弟も首をかしげる。


「そう…その台本の先に久米さん、あなたが言いそうなツッコミが入る予定なのよ」


「…」


何て言ったらいいか分からないけど、とりあえず


「何で?!」ツッコんだ。


「私には分からないけど、あの人には大事なコトらしいわよ。『絶対に入れたい要素』だって…でも、久米さんのツッコミってどうやればいいのか分かる訳ないじゃない!」


「…その結果がコレよ」白い成分が大半を占めているノートを指差して大塚はため息混じりに言う。つまり、久米のツッコミを再現出来なくて詰まってしまったという事だ。


「…」久米は思った。


(結局、私のせいで書けなくなっとるやないかっ!)


「…じゃあ、私の家に来て下さいっ。そこで私の全てを見せますっ!!」

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