第7話 演じるってどういうこと?

で、


「これは見事だな」川越部長は大絶賛。


「私も見た事ないわ」大塚副部長も珍しく驚いている。


「台本持たせただけでこんなに棒読みになれるなんて思わなんだ」


そうなのだ、今週やってきた部活で発声や早口言葉の練習をやった後、台本の読み合わせをしたのだ。台本は適当に図書館から引っ張ってきたものだが、久米が読むとどうしても抑揚が無くなって昔のSFのロボットのような感じになってしまうのが苦笑いを誘う。


「そんなに変でした?」久米は自覚無い。当たり前だ。読み間違いに気を付けながら台詞を言う事だけで頭の容量を使い切ってしまっているのだから他の事に気が付く筈が無い。


「まぁ変に癖が付いてるよりはいいかもしれないが、とりあえず…」川越は久米に近づいて「久米君、君は普段会話する時どうしている?」「へ?」何?その質問。


「まさか、あらかじめ考えておいた言葉をタイミングが来たら言うだけ…な訳ないよね」「え、えぇ」「大抵は相手から投げかけられた言葉に対するリアクションだよ。だから相手がどういう風に言ってきたかによって言い方が変わるんだ。例えば…」と、川越は思いっきり笑顔で「こんにちは!」と元気よく言う。


「これと…」川越は一気に不機嫌になって「こんにちは」とぶっきらぼうに言う。


「この2つで同じように返事するかい?」「それは…変わるかも」最初の挨拶ならこっちも元気よく返せるが、後の不機嫌な感じだと返事を返すのも躊躇ってしまいそう。


「普段無意識にやっているこういう事を意識的に出来るのが演技だと私は思っている」


「役者は探偵と同じだ」また変な事を言っている。


「探偵?」「人の行動を推理して"どうしてこういう行動をしたのか"を理解する事で、はじめて自分がどう動くのかを考えられる訳だ。ただ、台本をなぞっていくだけだと面白くもないだろう?」


「そういうもんですか?…何だか面倒くさいですね」


「面倒くさいけど、出来るようになると面白くなって癖になるぞ。何せ自分の気持ちを誘導して役とリンクすれば自分の思いを発散してる気分になるからな」


「ふ〜ん」流石に"何となく理解出来る"より"何だか分からん"の方に久米の気持ちは寄っている。


「まぁ、とにかくやってみれば分かるはずだ」と言って川越は台本をペラペラめくって「このケンジの通信簿を見せてもらった時のリアクション『うわー!二つも下がってる!』ってとこ久米君が実際に同じ境遇だったら何て言う?」「え?」「素直に自分に正直に言ってみてくれ」


「う~ん…」(同じ場面に自分がいたら…期待させておいて下がってるんだから)


「……何で下がってるんだよって怒る…かも」


「うん、それでいい。そこからどうやったら台本通りのセリフが自然に出るようになるか考えればいい」「台本通りの?」


「そう、怒る気持ちよりも下がっていることに驚くための理由。例えば、『得意な体育だけ下がっていた』とか、『ぱっと見 変わってなさそうだけど、数えてみると少ない』とか」


「う〜ん…」(得意な教科が下がってたらすぐに怒るだろうな…むしろ逆に…)


「…得意な体育だけ上がって他が下がってて…っていうのは?」「うん、何でもいい」


「…え?」(一生懸命考えたんだけども!?)


「自分が納得出来る理由なら何でもいいんだ。それをセリフ言う前に思い浮かべる。ちょっとやってみて」


「え、えーと…」


(あー、体育上がってるじゃん。ん?アレ?)


「『うわー!2つも下がってる!』」


その時、久米の中で何かが蠢いた。


(ん?なんだろう…私、今の気持ちを思いっきり出してる!!)


久米は続けてセリフを述べる。更に自然に言えるようになった。


久米は初めての感覚に打ち震えていた。ゲームやなんかでクリアした時に感じる達成感、それが今まで生きてる中で1番の喜びであった。もしかしたらそれを覆すかもしれない衝撃が久米の中で駆け巡っている。


川越はさっきより明確に棒読みではなくなった久米の姿に満足して「どうだ、面白いだろう?」と問う。


が、久米は すぐには返事をしなかった。しかし、顔を見ればどんな気分かは想像がつく。目をキラキラ輝かせて恍惚とした表情を浮かべているのに「よく分かりません」なんて言う訳がない。


「…何かよく分からないけど、何かスゴい楽しい!」

……よく分からないって言ったね…ま、いいか。


語彙は あんまり無い感じだが、久米は興奮した状態で言う。


「おお、よく理解してくれた。なかなか分かってくれる奴が居なくてな」「は?」


(皆分かってやってるもんだと思ってた…)拍子抜け気味に久米は思った。


大塚が近づいて「あなたなら出来ると思ってたわ」と言う。


手のひらクルックルで草



いや、そんなことより


「これは知らないなんてもったいないよ!」久米は皆に訴えた。「この面白さを忘れないうちにもっとやりましょう!!」

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