最終話 Kristy, Are You Doing Okay?


 大公が倒れた後、敵軍は早々に瓦解した。


 見計らったかのように出現した公爵軍によって、大公の側近たちは次々と打ち取られ、精強を誇った軍は見る影もなかった。

 精神的支柱を失った後の組織ほど、もろいものはない。

 そういうことなのだろう。


 誰かが大公の首を切り落とし、槍の穂先に突き刺して掲げて囃し立てている。

 そんな様子を、他人事のように俺は眺めていた。

 茫然自失の状態で地べたに座り込んだまま、まるで映画のワンシーンのように錯覚してしまいそうになる。

 

 喧噪が引かぬ中、極度の疲労から立ち上がることもできない。

 

 どれぐらいの時間が過ぎただろうか。

 ふと、俺を嗅ごうとする鼻息を感じた。


「ノーザン……」

 振り落とされてから離れ離れになっていた俺の愛馬が、近くにいた。


 俺を探して、ここまでたどり着いてくれたのだろう。

「お前は凄いなぁ……。助けられてばかりだ」

 首筋を撫でると、俺に乗ることを促すように首を垂れてくる。


 俺は愛馬にまたがると、ゆっくりと戦場をあとにした。

 もはや大勢が決しており、俺が戦う意義も見いだせない。

 




 ただ、家に帰りたかった。



 家に帰ることだけを考えて手綱を繰っていた。

 そうして馬上で揺られるうちに、俺は疲労のあまり眠りについてしまったのだった……。


 泥のように意識がとらわれるなかで、わずかに残った意識で夢をみていた。

 生まれながらにして、ある少年との結婚を運命づけられた幼い少女の夢だった。

 

 馬上で揺られる間の短時間の睡眠だったが、起きたときには、なぜか俺は涙を流していた。



--------------


 それから三年が経った。

 隣国との講和が成立し、戦後処理も一定程度済み、平和な暮らしが戻ってきた。


 ママン(俺の実母)から伯爵位を継いだ俺は、日中は領主として領地経営をしている。

 アウェイの人間関係には慣れたものなので、立ち上がりに混乱したのを除けば、つつがなく回せているように思う。


 今日の仕事を終えた俺は、屋敷の自室で平服に着替えると、食堂に向かう。

 俺の意向もあって、リビングとダイニングを兼用するように改装しているので、家族は全員集まっていた。

 三歳の長男と、生後十か月の長女。そして、それをかいがいしく面倒みる俺の奥さん。

 家族が集まっている部屋に入ると、自分が所帯をもって家庭人となったことを実感する。


 全員が席について、温かい食事が使用人たちに配膳され、口をつけようとしたときだった。


 長女がグズりだした。

 どうやら眠くなってきたようだった。


 慌てて奥さんとアイコンタクトをすると、俺は長女を風呂に入れる。

 風呂と言っても、衣装ケースぐらいのサイズの金盥に注がれた体温ほどのお湯につけるだけだが。

 俺は、長女の身体を綺麗にすると、クリスティに細心の注意をして受け渡す。

 彼女は長女を抱いて寝室に向かった。授乳をして、そのまま寝かしつけるつもりなのだ。


 クリスティがいなくなったので、俺は長男の横に座り、スプーンを口にもっていき食べるのを手伝う。

 ぼろぼろと口からこぼすのを布巾で掃除しながら、時間がかかる食事に根気よく付き合う。

 こういう面倒もいつかは見れなくなってしまうのだから、いまのうちだけでもキッチリとしようと思っている。

 

 そうこうして食事が進んだ長男も眠くなってきたようだった。

 風呂は明日入れることにして、タオルで清拭する。

 そして、俺は長男を寝室まで抱っこして運び、寝間着に着替えさせるとベッドの上で寝かしつける。

 

 静かに寝息をたてるようになった長男を、使用人に任せると、俺は食堂に戻った。

 ちょうどクリスティも長女の世話を終えて戻ってきたところだった。


 親が愛情を注いだ子は強くなる。

 前世でそう聞いていたから、クリスティと相談し、"極力自分たちで子供の面倒をみる"ことに決めたのだった。

 育児の負担を重くする決定だったが、彼女は嫌がらずに協力してくれている。

 本当に頭が下がる思いだ。



 食事を途中を切り上げて育児をしていたので、すっかり飯が冷めてしまっていた。

 メインの肉料理は切られた状態で出されていたので、肉汁もなにもあったものではない。

 昔だったらステーキナイフで自分で切っていたのだが、PTSDが重症化して刃物を一切持てなくなってしまったのだからしょうがない。

 異世界から現れたステーキナイフすら握れない勇者、それが俺。カナチイ。



 子供のいない静かな食堂で、クリスティと二人だけで食事を進める。

 時折、彼女と視線を交わすと、自然と笑みがこぼれていた。




 そして、冷えた飯を食いながら、俺はこんな感想を抱いたのだった。




 今日も冷や飯がうまい!……と。




―完―




■■あとがき■■

2021.03.13

ご愛読ありがとうございました!

本作の振り返りは、次回まとめてやります!


あと、新作「脳内彼女に恋する俺は、リアル女との接し方が分からない」を公開しました。

こちら、更新頻度は週一回程度となりますがフォローいただけると幸いです。


末尾になりますが、The Offspringのアルバム"Rise and Fall, Rage and Grace"は名盤なので、興味あったら是非聴いてみてください。




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