第38話

「クリスティ……」

 俺の肩から伝わる温かさ。

 俺が前を向くと、彼女が立っていた。

 

 気遣うように覗き込んでくる俺の許婚。

 その金糸のような髪は風に揺れ、蒼き瞳は憂いを帯びていた。


 心配させちまった……。

 俺が人目も気にせず、怯えることしかしていなかったから。


「ごめん。完全勝利どころか……負けてしまった」

 震える右手を押さえながら、詫びる。


「オリバー君には勝ったわ」

「その後のエーツ大公には、惨敗したよ」

 震え続ける右手を見せながら、そう言った。


「ふふっ……。きっとそのうち勝てる日が来るわ」

 彼女は微笑みながらそう言った。


「いや、あいつは異次元の強さだ。努力で届く範囲を超えている」

 それこそ転生特典のチートアイテムでもなければ、勝てるわけがない。

 いや、仮に、そんなものがあったとしても……。



 俺が震える手を見つめていると、急に背中に体重がかかり温もりを感じた。


「あまり考えすぎるのも良くないわ」

 そう言いながら、彼女が俺の背中に寄りかかってきたのだった。

 背中にあたる双丘。

 そのゴム毬のような柔らかさ。

 俺が今までの人生で感じることのなかった安らぎ。


 だが、残念ながら、スケベ心が湧き上がらないほど凹んでいるようだった。

 俺はリアクションすらできなかった。


 俺が無反応でいると、彼女は更に続けた。


「オリバー君に完全勝利してくれたから、約束のご褒美をあげるわ」

 そう言われた瞬間。



 俺の頬に伝わる、濡れた唇の感触。

 燃え上がるような熱量。

 

 その熱に思わず顔をあげると、彼女は少し恥ずかしそうにして顔を赤く染めていた。

 懸命に傷ついた俺を癒そうとしてくれているのかもしれない。


 その日、背中と頬にクリスティの優しさを実感しながら、俺はもっと強くなることを誓ったのだった。

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