第37話

「勝負あり!」

 エーツ大公との実力差に呆然としている俺をよそに、審判は判定を下した。

 

 観客席からは歓声が起こるが、俺は、その様子をまるで他人事のように眺めていた。

 エーツ大公のあまりの強さに、さっきから手の震えが止まらない。


 表彰式に向けた準備が進むさまを見ていると、声をかけられた。

「本当にすまなかった」

 オリバーはそういうと、いきなり腰を九十度に折って、俺に頭を下げた。


「い、いきなり、どうした?」

 俺はそう返事をするのがやっとだった。


「君の許婚に横恋慕をするばかりか、身勝手にも勝負まで仕掛けてしまった。君の実力や努力を理解せずに、傲慢な振る舞いをしてしまった。今となれば、本当に愚かなことをしたと思っている。心から謝罪する」

 オリバーは頭を下げながら続けた。


「いや、こちらは全く気にしていない。どうか頭をあげてくれ」

「そういうわけにはいかない。あまりにも浅はかなことに、僕はまさか自分が負けるなんて思っていなかった。この償いは、どんな形でもしたいと思っている」


 なんとかオリバーの頭を上げさせると、俺は、彼に提案をした。

「なら、俺の親友になってもらえないか?なにぶん、この学院に通学初日のインパクトが大きすぎて、友達がほとんど作れていないんだ。君のような人に友になってもらえると助かるんだ」

 

 オリバーは俺を驚いたように見た。

「もちろん!こちらからお願いしたいぐらいだ。今後の学院生活はともに成長できるように切磋琢磨していこう」


 オリバーが右手を出してきたので、俺も右手を出して握手をした。

 不思議と、手の震えは止まっていた。


 オリバーがスポーツマン精神に溢れた良いやつだったおかげで、新たに親友となった彼に称えられながら、俺は支障なく表彰式を受けることができたのだった。


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 式典も終わり、それに伴う喧噪も波がひくように去っていった。

 俺の周囲にいた人たちも、いつしかいなくなっていた。


 俺は、すでに誰もいなくなった会場の観客席に一人で座り込んでいた。

 周囲に人がいなくなると不思議なもので、また手の震えが戻ってきた。


 今回の練武祭では、間違いなく俺は勝者だった。


 だが……


 圧倒的強者に敗北した。

 それだけが残された真実だ。

 優勝者として表彰された事実など、どうでもよいことだった。


 そして、その真実が俺に重くのしかかってくる。

 孤独になればなるほど強まる恐怖心。


 いくら脳内でシミュレーションしても、自分が勝つことのできないという現実に押しつぶされそうになってしまう。




 ふと、俺の肩に手が置かれた。

 優しく。俺のことを包み込むような温かさを感じた。


「クリスティ……」

 俺が顔をあげると、そこには俺の許婚が立っていた。

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