第36話

 練武祭当日。


 剣術の部の開始に先立ち、石舞台の裾で、基本ルールの確認があった。

 使用できる武器は木刀のみ、謎プロテクターの着用、急所への攻撃の禁止、審判による有効打の判定、凶器の使用禁止などなど……。


 俺は聞き流しながら、今日のトーナメントの組み合わせを眺める。

 同学年からの計八人によるトーナメント。

 オリバー君は反対の山だったので、ぶつかるとしたら二回勝った後の決勝戦になる。


 観覧席にはかなりの集客があり、熱気も相当のものだ。

 来賓席も埋まっていて、注目の高さを感じた。

 なんでも、オリバー君の父親の現大公も来賓としてお越しらしい。


 学校の体育祭というよりは、一大興行といった感じなのかもしれない。

 娯楽の少ない世界でもあるし、武に優れた人材の発掘に貪欲ということなのだろう。


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 開幕戦を皮切りに、試合が次々と行われた。

 俺は難なく二勝し、決勝に駒を進める。

 当然のように、決勝までオリバー君は勝ち残ってきた。


 決勝戦の開始直前、俺は石舞台の裾で観衆の様子を見る。

 観覧席のなかにクリスティ嬢の姿を見たので、俺は手を振って、彼女にアピールする。


 そうこうするうちに、石舞台に上がるように審判が合図を送ってきた。  

 俺は、帯刀の状態で右足から大きく三歩進み、開始位置まで進む。

 そして、三歩目で木刀を抜きながら、中段の構えを通るようにして開始位置で蹲踞する。

 

 「「がんばれー!」」

 友人二人の応援が聞こえるぐらいで、それ以外は笑い声しか聞こえなかった。

 俺の行動は奇異にしか見えないだろう。

 だが、心を鎮めるために。

 俺は、この何万回も繰り返したルーティンを守った。


 次いで、オリバーが入場してくる。

 大歓声をうけながら、傲岸不遜に歩んでくるその姿は自信に満ち溢れている。


 お互いが開始位置についたので、俺は立ち上がり中段に構える。

 一方、オリバーは上段に構えた。

 



 「はじめっ!」

 審判から試合開始の号令をだした。


 開始早々、オリバーは踏み込んで面を打とうとする。


 だが、俺は、それを牽制するかのように木刀を返し、出小手を意識させて動きを封じる。

 そして、オリバーが動きに迷った隙をつき、俺はすり足で二歩後ろに下がり、距離をとる。


 相手から打たれない間合いに身を置き、巧みに足を使い、距離感を保つ。

 オリバーが攻めてこようとするが、俺は足を動かしながら、中段に構えた木刀の先でオリバーをいなし、踏み込むきっかけを与えない。


「くっ……」

 大歓声を浴びながら、攻め手に苦慮している。

 オリバーの表情に焦りが出てきた。


 無駄に上段に構えていたから、腕も疲れてきていることだろう。

 一方、俺は、下段を交えて腕にレストを入れている。

 その違いの意味も今更分かってきたのかい?

 俺が出小手を下から狙ってるとだけでも思っていたのだろうね。


 俺の余裕の笑みに、オリバーは苛立ちを隠せなくなってきた。


 馬鹿がっ!

 いまさら、俺の方が強いことに気づいたのか!


 オリバーの踏み込みに合わせて、俺は下がりながら、木刀を払いオリバーの打ち気を逸らす。

 打ち込んでも俺に捌かれて、かえって攻められるかもしれない。そういう恐怖を抱き始めた頃合いだろう。


 

 俺は、この試合で初めて前に踏み出した。

 それに合わせるかのように、オリバーは一歩下がる。

 おいおい、オリバーお前、委縮してんのか!

 

 木刀の先を当てあう形になるが、俺は巧みに手首を返しながら、前に突きを打てる位置取りを組み立てようとする。

 一方、俺の意図を読み取ったオリバーは、剣先で払うことに意識をやってしまう。

 

 その隙をついて、俺は一気に踏み込み、喉元に伸びていくような太刀筋で面を放つ。

 しかし、オリバーは右手首を返して逆胴を空けることで、辛くも防ぐが体勢が手詰まりになってしまう。


 俺は素早く切り返し、がら空きになっていた逆胴に対して、流れるような一本を入れる。




 だが、審判からは有効打の判定が下らなかった。


 癖になっている残心のおかげで、俺は、オリバーの放ってきた面をなんとか防ぐことができた。

 俺は戸惑いながらも、すり足で距離をとり、審判に叫ぶ。


「おい!いまのは決まってただろ!」


 だが、審判は俺に目を合わせず、試合を続けさせようとする。

 観客席からはざわめきが聞こえるが、まるで何事もなかったかのように。


「ふ、ふざけやがって……」


 オリバーも困惑した表情をしているが、さすがに試合が続いている以上、構えを解くことはしていない。



 試合を侮辱されたことへの怒りで気が狂っちまいそうだ。


 狂わんばかりの怒りが、俺の身体の底から湧き上がってくる。


 俺が怒りに任せて、オリバーを破壊しようと一歩を踏み出したそのとき。


 

 会場が静まり返った。

 来賓席から一人の男が手をあげて、物言いをつけていたのだ。

 

「エ、エーツ大公……」

 観衆の誰かがそうつぶやいた。


 その筋肉質な体躯の男は、無骨に、そして悠然と歩き、審判の前で歩みをとめる。


「いまのは、さすがに決まってただろ。ちゃんと見ろ」

静まりかえった会場に、エーツ大公の声が響く。

「す、すみません……」

審判は素直に非を認めた。


そして、今度は俺の方に向かって、歩いてきた。

「お前の方が強いのは分かったから、あんまりウチの馬鹿息子を苛めないでくれな」

そう言って、俺の肩に淀みなく手を置いた。





死。




肩に手を置かれた瞬間。

まるで切り殺されたような錯覚が俺を襲った。


もし、俺の肩に対して放たれたのが手刀であったならば、俺は確実に切り殺されていただろう。

何ら抵抗もできずに。


こ、これが王国史上最強ということか?

前世の俺など比較にならないほどの武人!

これほどの強者が存在するなど、あっていいのか!


呆然とする俺を後に残し、その最強の男はゆっくりと来賓席に戻っていった。

その後姿を見ながら、俺はゆっくりと理解した。



その日、俺が敗北したということを。


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