4-8

「うわあ! 聞くんじゃなかったあ! そんな大事件が起こっていたなんて!」

 レオは、頭を抱えながら、後ろ向きに倒れた。床に座っているホルンとビッシュが、現在進行形の最新情報を提供した。しかし、一部始終を説明した訳ではなく、一部抜粋という形だ。

『魔女の落とし子』の一斉検挙が、『シールド』によって、執り行われているというものだ。

「僕は、ただ緩く温く面白可笑しく生きていたいだけなのに! どうしてくれるんだよ!?」

「どうしてって、レオさんが聞いたんでしょ!?」

「確かにそうだけどさあ! 家には帰れないし、たいして急を要する仕事もないし、職場待機なんか拷問だとか思っていたけど、外ではそんな事があったとはね。驚きだよ。そりゃそんな世界の裏側なんか、一般人には見せたくないよね? 平和で穏やかなのが、売りの世界だ。て言うか、君達は、ただの興味本位で、強制外出禁止令を破ってまで、見に行っていたのかい? あ! 分かったぞ! それで、見つかりそうになって、イチかバチか下水に飛び込んだんだろ? そうだろ? いやあ、勇気あるなあ! 感心するよ! て、それ、法律違反じゃん! ダメじゃん! あ、若気の至りだから、大目に見てもらえるのかな? いや、ダメでしょ? どうなの?」

 何をどう答えれば良いものか、ホルンとビッシュは互いに見合って、苦笑いを浮かべている。まさか、『当事者です』などとは、言えない。それからも、レオはああでもないこうでもないと、一人しゃべりを繰り返し、余程暇だったのだという事がうかがえる。

「それで? 君達朝までここにいるよね? その方がいいよ。朝方には、外出禁止令も解除されるだろうからさ」

「・・・そ、それはそうですけど・・・」

 ホルンは、チラリと隣に座るビッシュを見た。ビッシュは、胡坐の上で組んだ両手を見つめている。唇を内側に巻き込んでいるビッシュが、勢い良く顔を上げた。

「俺は、アルプ=ウィント様に会いに行く! 今が絶好のチャンスなんだ!」

「チャンス? 魔女に会う? 会ってどうするのさ? 興味本位で触れていい案件じゃないよ。犯罪行為だ。これ以上、罪を重ねるのかい?」

 慌てた様子でレオが、ビッシュに顔を寄せた。

「お・・・俺は・・・」

 ビッシュは拳を握り締め、強い眼差しで隣のホルンを見つめた。

「外の世界に行きたい!」

 ビッシュの宣言に、ホルンとレオは息を飲んだ。ホルンはグッと目を閉じ、両手を強く組んだ。レオは、あまりの衝撃によって、化け物を目撃したように、口をパクパクしていた。ホルンは、ビッシュの希望を分かっていた。予想通りの展開であるが、実際にビッシュの口から直接聞くと、胸の奥を掴まれたような痛みが走る。

 見返りが欲しかったのかもしれない。以前のように、ただ純粋に楽しい毎日を、ビッシュと過ごしたかった。

「な、なんて大それた事を・・・君は正気なのか? 外の世界なんて、本当に存在すると思っているのか? 魔女だぞ? どうして魔女の言う事を信じられるんだ? 大犯罪じゃないか?」

「正直、本当に外があるのか、やっぱりないのか分からないけど・・・それを確かめたいんだよ。長い時間、アルプ=ウィント様の話しを聞いて、悪い人ではないと思ったよ」

「あ、ん? もう接触済みなのかい? ・・・そうかい。じゃあ、君は『魔女の落とし子』なのか?」

 レオの問いに、ビッシュは真剣な眼差しで頷いた。二人のやりとりを見ているホルンは、ハラハラしながら顔を左右に動かしている。ビッシュが『魔女の落とし子』である事を告白し、レオがどう出るのか気が気ではない。この世界で最上級に重い罪である『魔女の落とし子』を匿っている事は、爆弾を抱えているのと同義だ。

「・・・そりゃ僕だって、悪い人だとは思わなかったけど・・・まあ、人ではないけどね。女神様だし。でも、それにしても、やっぱり全てを信じるのは、早計だよ」

「!!! えっ!?!?」

 ホルンとビッシュが同時に声を発し、レオを凝視している。それから、互いに顔を見合い、またレオに視点を合わせた。

「レオさんも『魔女の落とし子』なの?」

「え? 違う違う! 僕は、ただ魔女様に会った事があるだけだよ」

「いや、だからそれを『魔女の落とし子』と言うんだよ」

「え? そうなのかい? まあ、それでも、『魔女の落とし子』として認定されていないから、セーフなんじゃないの? 分からないけど。『シールド』に会った事はばれていないし、取り調べも受けていない。まさか、自首なんかしないしね。つまり、それほど、定義は曖昧だって事だね。内緒にしておいてくれよ。うーん、という事は、僕も弱みを掴まれてしまったという事か・・・まいったね。どうしよう」

 レオは、腕組みをして、天井を眺めている。レオは、アルプ=ウィントに遭遇し、様々な話を聞いた。そして、『シールド』の監視の目も、『雪幻の光路』の勧誘の目もすり抜けていた。そして何より。アルプから聞かされた『外の世界』にも、特に魅力を感じていない。もとより、半信半疑の様子である。

「どうしたら、いいと思う?」

 グッと顔を寄せてきたレオが、ホルンとビッシュを見つめる。

「迷惑をかけないから、協力して欲しい。ここから、出る手助けをして下さい」

「ああ、そんな事か。お安い御用だよ。でも、あまり無茶はしちゃだめだよ。君達に何かあったと知らせが入ったら、流石に寝つきが悪くなるからね。ベイスホームさんに申し訳が立たない」

 ビッシュの願いを、レオはあっさり受け入れた。ホルンは、目を丸くしている。

「それじゃあ、早速行くかい? 確かに君が言うように、今なら冬山の警備も手薄だろうしね」

「はい!」

 ホルンとビッシュは立ち上がり、洗濯乾燥を済ませた服を着る。レオがどこからか厚手の上着を、二人に手渡した。レオが誘導し、ホルンとビッシュは、後に続く。従業員なだけあって、人が通らないルートは知っていた。一階の裏口に辿り着き、レオは二人に振り返った。

「君達は下水を流れてきたから知っているだろうけど、しょっぱかっただろ? なぜだと思う?」

「父さんが、人々が間違って飲まないように、女神様がそうしていると言っていましたけど」

「そうじゃないよ。あのしょっぱい水は、海水と言うらしいんだ。この世界は、その海という途方もなく広い水に囲まれた場所にあるらしいんだ。つまり、実は外の世界とは繋がっていたという事。魔女様が言っていた事さ。信じるか信じないか、自分で決めるといいよ」

 レオは、裏口の扉を開くと、外の冷気が体を刺激した。ホルンとビッシュは、レオにお礼を伝え、雪が吹きすさぶ極寒の地へと飛び出した。

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