4-7

「うわああああああああああああああ!!」

 絶叫するホルンとビッシュは、下水の激流に飲まれ、下方へと流されていく。

「痛え! 臭え! うわ! 飲んだ! 辛え!」

「ビッシュ! しゃべっちゃ下水が口に・・・うっぷ!」

 右へ左へと流されていく二人は、大きな下水管の壁に体を打ち付けながらも、懸命に前を見据えている。なんとか受け身を取り、頭部を守りながら命からがら進む。

「後どれくらいで、着くんだよ!?」

「分からないよ!」

「お前、下水処理の息子だろ!?」

「下水処理の息子って言うな!」

 ホルンとビッシュは、大量の下水を飲みながらも、迷路のように地下を走る下水管の中を流れていく。そして、いよいよ、下水の最終地点に到着した。ウィント地区に建設されている地下下水処理場だ。最終地点は、水深が深い巨大なプールのようになっており、壁一面が目の細かい鉄格子になっている。ホルンとビッシュは、鉄格子に磔になっていた。鉄格子を梯子の要領で上がっていく。背中に当たる激流に耐えながら、懸命に上へ上へ向かう。ホルンとビッシュは、何とか水面から顔を出し、酸素を体内へと取り込む事に成功した。鉄格子を掴みながら、横移動をし、下水から抜け出す事ができた。ビッシュが先に上がり、手を伸ばす。手を掴んで、ホルンも両足を地面に着地する事ができた。ホルンとビッシュは、その場で力尽きたように倒れこんだ。

「ああ、マジ死ぬかと思った」

「ほんとだね。ノアさんは、無茶してくれるよ」

 ホルンとビッシュは、仰向けに寝転び笑い声を上げている。

「おい! 誰かいるのか!?」

 薄明かりの中、一筋の光が走る。反射的に、ホルンとビッシュは飛び起きて、光の筋から逃げ出した。光が二人の背後を捕らえ、電気を持った者が追いかけてくる。下水処理場の職員だ。

「不審者だ! 皆、来てくれ!」

 地下下水処理場内は、喧騒が膨れ上がっていく。ホルンとビッシュは、階段を上って逃げ出した。

「ホルン! 道分かるのかよ!?」

「分からないよ!」

「親父さんが働いてるんだから、逃げる必要はないんじゃないのか?」

「だって、不審者だよ? 流石に父さんに迷惑がかかるよ! しかも、こんな緊急事態の時に!」

 今晩は、強制外出禁止令が発令されている。民間人は、外出の一切を許されていない。いくら職員の息子だと言えど、下手をすると『シールド』に通報されてしまうかもしれない。父親に迷惑がかかってしまうかもしれない。そして、ホルンの頭上に、雷が落ちる。

 階段を上り切った二人は、扉を開き通路に出た。道が分からない為、適当に扉を開けて逃げ惑う。右へ左へ、上へ下へ。ホルンとビッシュは、くたくたに疲れ切っている体にムチ打ち、懸命に走る。最下層にいたのだから、地上に出るには上に進む事は分かっているが、立ちはだかる職員が許してくれない。走る距離が増す度に、追いかけてくる職員が増えているようにホルンは感じていた。緊急事態に警戒心が強いのか、施設から出られず暇なのか分からない。

 地下二階への階段を上り切って扉を開くと、向こう側に人がいて、接触し転倒した。

「うわ! 痛っ! な、なんだ!? え? ホルン君?」

「あ! レオさん? ごめんなさい」

 転倒し、レオ=ツールフに覆い被さる形になってしまったホルンは、咄嗟に体を起こした。レオは、事務方の人間であり、下水処理の実務は行っていない為、ドラムとは所属が別だ。しかし、たまにホルンが遊びに来たり、ドラムの弁当を届けに来ているので、顔見知りだ。ホルンよりも一回り年上の青年だ。

「こんな所で何をやっているんだい? しかもこんな時間に? あ! 不法侵入って、君の事か? ベイスホームさんは・・・ああ、知らないだろうね」

「・・・」

「ちょっと悪戯じゃ済まされないんじゃない? って、君達ずぶ濡れじゃないか? しかも、この匂い。まさか、地下下水道を流れてきたんじゃないだろうね? アハハ!」

 レオは、冗談を飛ばすように笑った。だが、ホルンとビッシュは、笑わず互いに目配せをしている。

「え? まさか、本当なのかい? 嘘でしょ?」

 ホルンは真っ直ぐにレオを見て、大きく頷いた。レオは目を見開いて、ホルンとビッシュを交互に見ている。ホルンとビッシュは、上目使いで首を突き出すように会釈した。

「マジか・・・とにかく、君達体を洗った方がいいね。風邪引いちゃまずい。そして、なにより、臭い」

 レオは、立ち上がって、二人をシャワー室へと連れていく。幸いシャワー室には、誰もいなかった。ホルンとビッシュは、それぞれ個室のシャワーへと入り、体を洗い温めた。お湯の熱さに、体が冷えていた事を、今更ながら認識した。レオは、ホルンとビッシュの服を洗濯機に入れ、乾燥させた。

 ホルンとビッシュがシャワーから出ると、湯気が上がった温かいスープとパンが用意されていた。空腹だったホルンとビッシュは、一瞬で平らげた。

「ああ、満たされた! 幸せだあ! ありがとうございます! レオさん!」

「いやいや、礼には及ばないよ。これは賄賂だ」

「わ、賄賂?」

「いったい君達は、何をやっていたんだい? 僕に教えてくれないか? あまりにも暇過ぎて、不法侵入者を探しに来たくらいさ! そして、捕まえた。ね? いいだろ? 頼むよ」

 レオは、顔の前で手を合わせ、拝んでいる。

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