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「この辺りでいいかな?」
ノアがスカートを持ち上げると、ホルンとビッシュが外に飛び出した。そして、すかさずホルンが、ビッシュに抱き着いた。
「お、おい、ホルン? でも、ありがとう。流石に、もうダメだと思ったよ。まさか、こんな所まで、助けに来てくれるなんて、本当に・・・馬鹿だな?」
「ちょっと!」
ホルンとビッシュは笑い合い、じゃれ合っている。二人の様子を嬉しそうに眺めていたノアが、咳払いをした。
「感動の再開の最中、申し訳ないのだけれど、少しいいかい?」
ノアがホルンとビッシュの前でしゃがみこんだ。地下下水道の一角で、三人が集まっている。
「あ、そうだ。こちらは、ノア=キッシュベルさん。本当に色々助けてくれた人だよ」
「ああ、知ってる。奇人変人ノアだろ? 会うのは初めてだけど・・・ありがとうございます」
「アラアラアラ、それは光栄だね。なに、礼には及ばないよ。私の為にやった事だ。ビッシュ君。君が経験した事を教えてもらえないかい? 『冬の魔女』、氷雪の女神アルプ=ウィントには、会ったのかい?」
ノアは、目を輝かせながら、ビッシュを見つめている。その圧力にビッシュは、少々気圧されながらも、小さく頷いた。
「そうかいそうかい。やはり実在したのだね? 私も何度となく冬山を訪れていたのだが、どうやら私は嫌われていたのかもしれない。アルプ=ウィントの目的はなんだい? なぜ、人々を誘惑し、この世界から出そうとしているのだい?」
「それは違うよ! 魔女様は、選択肢を与えてくれただけだよ」
「選択肢だって?」
ノアが首を捻ると、ビッシュは大きく頷いた。
「魔女様は、ずっと腑に落ちなかったんだって。人々をこの巨大な檻の中に閉じ込めている事に。この世界は、外に広がるもっともっと途轍もなく広い世界の、一部にしか過ぎないんだって。この世界を国と呼び、同じような国という場所が、沢山存在するそうなんだ。この国の住人は、まるで籠の中の鳥のようだって言っていたよ。安心安全は約束されているけれど、それだけで本当に幸せなのかって。出る出ないは、個人の自由だけど、出るという選択肢を奪う事は、人としての尊厳を奪っている事ではないかって」
「人としての尊厳か。なるほどなるほど。価値観は多種多様だが、この世界は・・・いや、国かい? 価値観があまりにも小さくまとまっている。お陰様で、私は奇人変人と呼ばれている訳だが・・・それで、外の世界とは、いったいどういった場所なのだい?」
ビッシュは、アルプに聞いた話を楽しそうに語る。様々な国の人々や生物、文化や風習、地形や食べ物、この世界には存在しないもので溢れ返っている。目を輝かせて話すビッシュに、ノアとホルンの目も輝いている。
「プハー! こりゃ盛り沢山だ! 話を聞いているだけで、途轍もない。実際に自分の目で確認したら、それはさぞワクワクするだろうね? 『魔女の落とし子』達が、外の世界に魅せられる訳が分かったよ。一攫千金も夢じゃないね」
「そうなんだよ! 夢のような世界が広がっているのさ! 確かに危険も伴うかもしれない。それでも、行ってみる価値は、あると思うんだ!」
「ウンウン、私もそそられて涎が溢れてしまいそうだよ」
「そうだよね! ホルン! お前も魅力を感じただろ!?」
キラキラと輝く目で見つめるビッシュに、ホルンも頷いた。
「ああ、ダメだ! そんな事を聞いてしまっては、我慢ができない! 欲求不満が爆発しそうだ! 外の世界に行ってみたいものだ!」
突然、ノアが叫び出し、素早く立ち上がった。ホルンは目を丸くし、ビッシュに視線を向ける。目が合ったホルンとビッシュは、互いに笑い合った。
『それは、聞き捨てならないな』
くぐもった声が響き、ホルンとビッシュとノアは、声の方へと振り向いた。
「アラアラアラアラ。これは失態失態。私とした事が、興奮し過ぎて、接近に気が付かなかったよ」
ノアは、後頭部を掻きながら、舌を出した。三人の前には、仮面を被った者が三人いた。白い隊服を身にまとい、白い仮面を被った『ソード』が、脇に刺した刀剣を抜き出した。
『この度の作戦は、貴様の発案のようだな? ノア=キッシュベル。そして、犯罪者である『魔女の落とし子』を檻から逃がした。いくら、シュガーホープ七世様のお気に入りだろうと、調子に乗り過ぎだ。始末してやる』
「それは、嫉妬というものではございませんか? 見苦しいですよ。それに、シュガーホープ様の許可なら得ています」
『ぬかせ! シュガーホープ様は、貴様に騙されているのだ! いったい何を企んでいる!? 外の世界だと!? 笑止千万! この世で最も重い罪を犯した貴様と二人の子供、この場で極刑に処す!』
「アラアラ、こちらの言い分は聞いてくれそうもないね。『ソード』の新隊長さんは、融通が利かないなあ」
『問答無用! あの世で、己の犯した罪の重さを悔い改めよ』
抜刀した『ソード』の隊長と二人の隊員が、ノアに斬りかかった。ノアは、ひらりと舞い、刀をかわした。
「ううん、これは参ったね。さて、どうしたものか・・・よし、君達先に行っててくれないかい? 私も後で追うから」
ノアは、ホルンとビッシュに笑みを浮かべる。
『舐めるなよ。誰一人、ここからは逃がさん』
隊長がジリジリと距離を詰める。ノアは、右足を振りかぶって、地面の鉄格子を蹴り飛ばした。バキャと激しい音とともに、鉄格子が吹き飛んだ。ノアに蹴られた鉄格子が、歪な形に変形している。空いた地面には、下水の激流が走っていた。
ノアは、ホルンとビッシュを抱え、激流の中に二人を放り入れた。
「え? ちょっと! うわあ!」
ホルンは激流に飲み込まれ、姿を消した。
「それじゃあ、また後でねえ」
ノアは、悠々と手を振っている。
『そんな事をしても無駄だ! 貴様を始末した後に、あの二人も始末してやる! 逃がしただけで、いい気になるなよ!?』
「いやいや、逃がす事が目的ではないよ。せっかくできた友達だ。あまり怖がらせたくないのだよ。私もこう見えて、女の子だからね。可憐を演じておきたいのさ。女心というものだ。君には分かるかな? 『ソード』の新隊長さん?」
『ふざけるな! その減らず口を聞けなくしてやる!』
「そうだ、丁度良い! 『ソード』の新隊長の実力を見ておくのも良いのかもしれないね。後進育成も立派な役目だ」
『は? 何を言ってやがる!?』
怒気を孕んだ声を荒らげる隊長に、ノアは目を細めてにこやかに微笑む。そして、胸元へと手を入れ、引き抜いた。
「良い物を見せてあげるよ・・・これなあんだ?」
ノアの手には、『ソード』の仮面が握られていた。三人の『ソード』から、どよめきが起こった。隊長の後ろにいる二人の隊員は、腰を抜かし尻もちをついた。
『・・・そ、そ、それは・・・『闘神』の仮面!?』
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