4-9

「やあやあ、遅かったじゃないか? 待ちくたびれて、風邪を引くところだったよ。いったいどこで、道草していたんだい?」

 猛吹雪の雪山を上っているホルンとビッシュの前に、枯れ木にもたれているノアが現れた。

「ノアさん!? 大丈夫だったんですか?」

「ああ、何も問題ないよ。友好的な話し合いで事なきを得たさ。話の分かる連中で助かったよ」

 ノアは、高らかに笑い声を上げたが、吹雪によってかき消される。予想通り、『シールド』は大捕り物に駆り出されている為、冬山での警備は手薄になっている。フリーパスという訳ではないが、ホルンとビッシュはこれまで『シールド』を目撃していない。人員が削減されている事と、猛吹雪が原因だ。ノアは、二人の後ろについた。

「君達は、魔女様に会いたいんだろ? 本来なら、私が先頭を切って、誘導兼風除けを担当したいところではあるのだけれど、如何せん私はどうやら、魔女様に嫌われているみたいでね。私が目立つと、縁起が悪い気がするのだよ」

「そうですか。あのノアさんは、どうして協力してくれるんですか?」

「どうして? 冷たいじゃないか? 私と君の仲だろ? 私達は、友達だろ? それに友達の友達も友達だ。君は私の願いを聞いてくれた。それに覚悟も見せてくれた。君が行動を起こしていなかったら、私も何もしなかったよ。全ては、君の魅力であり、君の力さ」

 べた褒めされ、ホルンは照れくさそうに頬を掻いた。ホルンは、あまり特別な事をした気持ちがない。ただただ必死で、ビッシュを助けたかっただけだ。しかし、冷静になって思い返すと、とんでもない事をしでかしたと、背筋が凍った。

「なあ、ノアさん? あんたシュガーホープ七世様の専属給仕人なんだろ? こんな事してていいのかよ? 完全な謀反じゃないのか?」

「謀反だなんて、物騒だね。ちゃんと、許可を得ているのさ。私は特別中の特別な存在なのだよ。あの爺さんは、私が大好きだからね。ところで、ビッシュ君。君は、『外の世界』へ行くのだろ? まさか、話を聞いただけで、本当に信じたのかい? 言っちゃ悪いが、魔女は得体の知れない存在だ」

「勿論、話を聞いただけではないよ。アルプ=ウィント様から教えてもらった事は、『外の世界』と『魔法』の話しだ」

「魔法? 何それ?」

 ホルンが隣に顔を向ける。

「人知を超えた能力の事だよ。雪を降らせたり、風を起こしたりできるみたいだ。女神様はその能力に長けていた。それで、微力ながら、人間にも備わっていたらしいんだ。子供の頃から、疑問に思っていた事があった。それは、夏鉱石と冬鉱石だ。そういうものだと教えられてきたけど、どうにも腑に落ちなかったんだ。でも、魔法の名残りだと考えると、説明がつく。いや、説明ができないから、不思議な力として結んだだけかもしれないけど・・・それに、『まどろみの霧』だってそうだ。どれもこれも、人知を超えているよ。人間が発明したものではないしさ」

 ホルンは、ビッシュの顔を呆然と眺めながら、首を捻った。夏鉱石から熱が出る。冬鉱石から冷気が出る。それと、水力発電によって電気がつく。蛇口をひねれば水が出る。これらの違いが分からない。疑問さえ感じていなかった。しかし、電気や水は、確かに人間の創意工夫から生まれている。

「それに空だ。『まどろみの霧』に囲まれた丸い空。そこには、太陽も月もあって、雲だって流れている。それらは、どこへ行っているんだろう? って、疑問だった」

「そういうものだと、思っていたけど・・・春山の方から出て、秋山の方へと沈む。それだけの事だと思ってたけど」

「ほとんどの人間がそうさ。そう教えられるしな。でも、疑問だったんだよ。外の世界があるなら、この国に太陽がない時は、別の場所を飛んでいるって考えられるだろ? そちらの方が自然だと思った。さっきのレオさんの話しだってそうさ。海だっけ? 外の世界があった方が、しっくりくるんだよ」

 ホルンとビッシュは、白い息を吐き出しながら、冬山の中腹辺りまでやってきた。

「どんな事情があったか知らないけど、外の世界を遮断して、この世界を守ってきたのが、シュガーホープ一族なのだろうね。しかし、近年シュガーホープ様の支配力も低下してきているからね。どの道、近い将来、外の世界の存在は公のものとなるだろうさ。特に今の若い世代は、独自の進化を遂げているように見えるね。ビッシュ君のように。もう押さえつけるだけでは、世界を維持できないところまできているのかもしれない。時代の流れってものなのかもね」

 ノアの声に、先を進むホルンとビッシュは、振り返っている。どこに向かって歩いているのか、見当もつかない。アルプはどこにいるのかも分からない。ただ闇雲に上へ上へと冬山を上り続けていた時であった。

「・・・あれ? いつの間にか、吹雪が止んでる」

「あ、本当だ。いつの間に?」

 ホルンとビッシュが、辺りをキョロキョロと確認している。遠くの方は、相変わらず吹雪いていた。三人がいる周囲だけ、まるで切り取られたように雪が止み無風だ。

「へえ、不思議な事があるものだ。寒さも感じないし、音もしない。まさに、別世界に入り込んだようだね。ワクワクしてきたよ」

 ノアは、辺りを見回しながら、雪に足を埋めていく。

「ようこそ、おいで下さいました。人の子の皆様」

 突然の背後からの声に、三人は一斉に振り返った。視線の先には、深々とお辞儀をしている冬の魔女であり、氷雪の女神であるところの、アルプ=ウィントがいた。

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