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「こんばんは。ご機嫌麗しゅう。シュガーホープ七世様?」

「ああ、ノアか。久しいな。お前がここに来るのは、珍しい事だ。ワシの専属給仕人が聞いて呆れるわ」

 頭髪と髭が白く染まっている初老の男、シュガーホープ七世が、嬉しそうに目を細めた。この世界の絶対的な権力者であり、世界の創造主の末裔だ。ノアは、ホルンを王都内のゴミ箱に放置した直後、ここへとやってきた。豪華で煌びやかな広い部屋を、ノアはゆっくりと歩いていく。

「シュガーホープ様に、ご報告があります」

「うむ、聞こう」

 シュガーホープの前までやってきたノアが、頭を下げた。シュガーホープは、背もたれが高い椅子に悠々と腰かけ、白い顎髭を撫でた。ノアは、ホルンが見聞きした事を説明した。

「なるほど、ワシの命を奪い、国家の転覆を目論んでおったのか。あのスノードの青二才が大それた事を。まあ、カルドナという教師が焚きつけたのであろう。カルドナの名は、ワシも聞き及んでおる。とは言え、『雪幻の光路』の解体は必須事案だ。相手の策に乗ってやろう」

「ええ、私もそう思います。それで、提案がございます」

「採用だ。その案でいこう。そもそも、その話し方は、なんだか調子が狂うな。いつもの口調に戻しなさい」

「え? 良いのですか? いやあ、助かるよ。どうも口が上手く回らなくて。こう改まった場では、適した言葉使いが大事かなあ? なんて、思っちゃって」

 ノアとシュガーホープ七世は、互いに笑い合っている。シュガーホープ七世は、顎髭に触れ、ゆっくりと立ち上がった。

「ワシの立場上、この世界でワシと対等に会話ができる者は皆無だ。お前を覗いてはな。お前との会話は非常に楽しいものだ。対等な会話に飢えておったワシにとって、お前は良き友だ」

「アラアラ、それはそれは光栄の極み。最高の誉め言葉、最高の口説き文句だね」

「さあ、本題だ。ノアよ、お前の妙案を聞かせておくれ」

 シュガーホープ七世は、ノアの傍まで歩を進め、彼女の肩に手を置いた。

「命を狙われているのに、やけに余裕だね?」

「そりゃそうだ。お前がいるからのう。お前の傍にいれば安心だ。この世界のどこを探しても、お前の隣程安全地帯はないよ」

「まあ、それが答えなのだけれどね。そう、シュガーホープ様は、私が一人で守るよ。終焉を迎えるまで、一緒にここにいる。そして、王都内の『シールド』に撤退命令を。なるべく、直前に小隊で撤退させ、『雪幻の光路』の捕縛に回して欲しい。それから、『シールド』内にも、相手の息がかかった連中がいるそうだから、互いに監視し合うようにする」

「裏切者を炙り出さぬのか?」

「まあ、それは大事の前の小事って事で、大目に見てあげようよ。何もかも、一遍には無理だよ」

 フム、と顎髭を撫でるシュガーホープ七世。やや不満そうであるが、ノアの案を飲み込む。

「それで? もぬけの殻となった王都内は、どうするのだ?」

「『ソード』を総動員する。急遽撤退命令が出たら、混乱し連絡や意思疎通は難しくなるだろうからね。王都内に残っている者達は、全員敵だよ。分かりやすい」

「しかし、影の組織を晒すのは、些か抵抗があるのう」

「そこで、私の友人であり、今回の件での情報提供者であるホルン=ベイスホームに、一肌脱いでもらう事にしたのさ。王都内に水蒸気をまき散らして、目隠しを作ってもらう。『ソード』の能力だったら、目隠しくらいなんの問題もないだろうからね。それに、『ソード』には、水蒸気散布の手伝いもして欲しい。彼一人では、広い王都内をカバーできないだろうから。王都全てを白く染め上げれば、『魔女』の演出にも最適だ。都合が悪い事は、全て『魔女』の責任にしておけば良いのさ」

 数度頷いたシュガーホープは、ニヤリと笑いノアを見た。

「それで? お前の本当の狙いは、なんだ? やけにまどろっこしい。そもそも、お前が出張って、王都内に残っている輩を一網打尽にする事など、造作もないだろうに」

 一瞬キョトンとした表情を見せたノアは、笑いながら後頭部を掻いた。

「アハハ! ばれてしまったか? 流石、シュガーホープ様」

「分かるわい! ワシとお前の仲だ!」

「まあ、ばれちゃったら、仕方ないね。実はね、そのホルン=ベイスホーム君の親友が、『魔女の落とし子』になってね、『雪幻の光路』に入ったのだよ。それで、『シールド』に捕らえられてしまった。だから、その親友君を助け出したいという願いを受けたのさ。だから、命懸けで国の為に戦ったという功績を引っ提げて、シュガーホープ様にお許しを頂きたかったのさ」

「フム、なるほどのう」

 シュガーホープは、複雑そうな顔で、天井を見上げた。白い顎髭を上下に撫でている。

「まあ、勿論、それだけではないけれどね。彼自身の覚悟も確かめたかった。それだけ、大それた事なのだよと教えたかったのもあるね。彼の執念めいた友人を想う気持ちに当てられたってのもあるけれど。何せ、一生懸命なのだよ、彼は。ほっとけなかった。諦めるって事を知らない馬鹿は、私は好きなのだよ」

「そうか、なんだか妬けるのお。まあ、良いわ。彼の想いを汲んでやろう」

「子供にヤキモチ? でも、ありがとう。あっさり受け入れてくれて、何だか拍子抜けだね」

「ん? ワシがお前の願いを無下にした事があるか? お前のへそを曲げてしまえば、それこそ国が滅んでしまうではないか?」

「そんな事しないよ! 人聞きの悪い!」

 不貞腐れるノアに、シュガーホープ七世は、軽快に笑い声を上げた。

「たった一人で国を亡ぼす戦闘能力を持つお前だからこそ、ワシと対等でいられるのだ。優秀で心を許せる友を失うのは、非常に心苦しいものだな」

「・・・え?」

「言ったであろう? ワシとお前の仲だ。お前は、法律の外にいる。ワシの力では、お前を止める事などできぬのだ」

 呆然とシュガーホープ七世を見つめたノアは、スカートの裾を持ち上げ、片足を後ろに引いた。そして、ゆっくりと頭を下げる。

「シュガーホープ七世様。ご機嫌よう」

 顔を起こしたノアは、にこやかに微笑んだ。

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