4-3
「そろそろかな?」
ホルンは麻袋から顔を出して、周囲を見回し、聞き耳を立てた。物音一つしない王都内に、不気味さを感じていた。ホルンは麻袋から抜け出し、隣に置いてある麻袋の中を確認する。細かく砕かれた結晶が、袋の半分くらいまで入れてある。ホルンは、麻袋の口をしっかり閉じて、袋から出ている紐を握りしめた。
『君の役目は、攪乱と警告だよ』
ノアの言葉が脳内に流れ、『はい』と返事をした。ホルンは、ゴミ捨て場から顔を出して、王都内を確認する。王都内は、誰一人見当たらない。王都内も勿論、強制外出禁止令が発動されている。
ホルンは肺に満タンになるまで酸素を送り、ゆっくりと吐き出した。もう一度、もう一度。そして、両手で顔を二・三度叩き、麻袋を持ち上げた。ゴミ捨て場から勢いよく、飛び出した。
「魔女が来たぞぉぉ!!!!」
ホルンは叫び声を上げ、麻袋を頭上で振り回した。すると、麻袋から水蒸気が発生し、辺り一面を白く染めていく。ホルンは、王都内を走り回った。麻袋の中には、細かく刻んだ夏鉱石と冬鉱石が入っている。それらが、ぶつかり合い、こすれ合い、水蒸気が発生している。
王都内を爆発させようとしている連中がホルンの行動によって、作戦を中止してくれれば成功だ。しかし、もしそれでも、強硬にでた場合、貴族達は避難しなければならない。寝込みを襲われると、行動が遅れてしまう。貴族達の目を覚ませ、外に意識を向ける事が重要だ。そして、爆発が起こらない限り、貴族達は外へは出てこない。魔女は恐怖の対象であり、己の地位や名誉を守る事を考える貴族は、危険を冒してまで逃げる事はしない。実質的被害を被る爆発でない限り。実はもう一つの役割があるのだが、それはホルンには知らされていない。
「魔女が来たぞぉ!!」
ホルンは、力の限り声を張り、麻袋を振り回す。
「な、なんだ!? あれは!? 子供の声だぞ!?」
「ちくしょう! こんな時に、ふざけた事をしやがって!」
「あのガキを捕まえろ!」
走るホルンの後ろには、水蒸気が流れていっている。どこからか、大人の焦った声が聞こえてくる。ホルンは歯を食いしばって、足の回転を速めた。
『もしも、誰かが近づいてきたら、絶対に捕まっちゃいけないよ』
「はい!」
ホルンは大声で返事をし、建物の角を曲がる。すると、背後から接近していた大人の悲鳴が聞こえた。気になったホルンであるが、今は叫んで走る事が最優先だ。全速力で走り続けるホルンの前に、二人の大人が立ちはだかっていた。二人とも全身が黒い隊服を着ている。
「止まれ! 我々は『シールド』だ!」
「おとなしく縄につけ!」
前方を塞ぐように立つ二人の『シールド』。ホルンは、二人とかち合う直前に、建物の角を折れ曲がった。ホルンの背後が水蒸気で包まれていく。
「おい! 待て! ああ!」
「貴様! グワッ!」
ホルンを追ってきた二人の男の悲鳴が聞こえた。背後から追ってきていた男の足音が消えた。何がなんだか分からないホルンは、混乱する頭を振り、与えられた役目を遂行する。心臓が破裂しそうなほど暴れまわっている。それでも、大声で叫び麻袋を振り回していた。王都内が水蒸気で視界が悪くなってきている。貴族が住む立派な屋敷も、家屋内に電気が灯されていた。多くの貴族達が、カーテンの隙間から町の様子を伺っていた。そして、ノアの思惑通り、誰一人外に出てくる者はいなかった。
「早くガキを捕らえるんだ! 殺しても構わない!」
「クソッ! こんな時に!」
『シールド』の黒い隊服を着た男が三人、必死の形相でホルンを追っている。
「おい! 誰か報告しに行っているのか!?」
「ああ、さっき一人向かったぜ!」
「くそ! この霧は邪魔だな!」
「いたぞ! あそこだ! しめた! ガキが向かった先は、袋小路だ!」
三人の『シールド』がホルンを追って、角を曲がった。暫く進むと、建物で囲まれた袋小路になっている。しかし、袋小路内は、水蒸気が充満し、酷く視界が悪い。
ババババババババババババババババ!
袋小路内は、奇妙な音に包まれていた。男達は目を細めて、視界の悪い路地先を眺めている。目を凝らしていると、水蒸気の中に黒い大きな塊がうごめいていた。大きな塊は、まるで意思を持った生物のように、『シールド』に接近してきている。
「なんだあれぇ!?」
「ば、ば、ば化け物だぁぁぁ!」
叫び声を上げた三人の『シールド』の隊員は、路地裏から逃げ出した。
同時刻、スノード家別邸。
スノード家の当主が居住する邸宅から離れた場所にスノード家の次男である、リリー=スノードの屋敷がある。
リリーは、シャンパングラスを壁に叩きつけた。
「おい! カルドナの奴は、どこに行ったんだ!? なぜ、ここへ来ない!?」
「も、申し訳ございません。行方不明でございまして・・・まさか、カルドナ様の身に何かあったのでしょうか?」
「そんな事、俺様が知るか! もうじき作戦実行の時間じゃないか!? まさか、カルドナに限って、下手を打つような真似はしないはずだ! 貴様は、さっさとカルドナを探してこい!」
「は、はい! 只今!」
どやしつけられた執事が、大きく重厚な扉を押し開ける。そして、入れ違いで『シールド』の隊服に身を包んだ男が、部屋の中に入ってきた。
「スノード様! 一大事でございます!」
「今度はなんだ!? そもそも、なぜ貴様が持ち場を離れて、ここにいる!?」
「はい! それが王都内で奇妙な子供が、水蒸気をまき散らしながら、『魔女が来た!』と叫びまわっているのです」
「はあ!? なんだそれ!? ガキの悪戯か!? こんな時に限って!」
「た、たぶんそうだと思うのですが・・・どうしましょう? 作戦は中止にした方が、良いと思うのですが? それに、王都内の様子も何だか、可笑しいのです」
恐る恐る口を開く男に、怒りで全身を震わせているリリーが、テーブルに置かれたシャンパンボトルを掴み取った。そして、テーブルに向かって、シャンパンボトルを叩きつけた。大きな破裂音と共に、砕け散ったガラス片が飛ぶ。ガラス片がリリーの頬をかすめ、頬から血液が流れた。
「ふ・ざ・け・る・な!! 中止なんかしてたまるか!! 今日という日をどれほど、待ちわびた事か!! これ以上の我慢はありえねえ!!」
「で、ですが・・・状況は、あまりにも悪いかと・・・」
「喧しい! 何が何でも、成功させろ! それに、王都の様子が可笑しいって、どういう事だ!?」
「は、はい! それが、『シールド』の連中をまるで見かけないのです」
隊服を着た男の声は震えており、腰が引けている。
「『シールド』を見かけないだと!? それじゃあ、王都内にいるのは・・・」
「は、はい。私のように、『シールド』の隊服を頂いた者達だけです。つ、つまり・・・仲間だけです」
「なんだとぉ!? いったいどういう事だ!? それに、なぜその情報が俺様の耳に届いていないんだ!? 『シールド』の内部にも、こちら側の連中はいるだろうが!?」
怯え切っている男は、泣きそうな顔で、懸命に顔を左右に振っている。リリーが怒りを露わに暴れていると、突然重厚な扉が開き、多くの男が雪崩れ込んできた。
「な! 何事だ!?」
「『シールド』だ! リリー=スノード殿。少々、ご足労を願いたい」
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