4-2

「ホルン! 遅かったじゃないの!? 心配したんだよ!?」

 自宅に辿り着くと、母親であるフルート=ベイスホームが、血相を変えて迎え入れた。

「いったい外で何があったんだろうね? やけに騒がしいけど。こんなの初めてだよ。夜間外出禁止令が、今日に至っては民間人は強制らしいんだよ。だから、仕事に行っているお父さんも帰ってこれないんだよ。大丈夫かな? 心配だね?」

 不安そうな表情を浮かべるフルートに、ホルンも小さく頷いた。民間人の外出禁止令が発令され、『シールド』による『雪幻の光路』の一斉捕縛は、箝口令が敷かれている。平穏な生活の水面下では、国家存続を揺るがす大事件が起こっているのだが、ホルンは口をつぐんだ。勿論、いたずらに不安を煽る事になるから、ホルンは言うつもりはさらさらない。ノアからも口留めをされている。

『ご家族を安心させる為に、君は家に帰りなさい。後は大人の仕事だ。勿論、君に協力を仰ぐのだから、身の保証はしたいところだけど、確証は持てないからね。最後の晩餐にならないように、最大限の努力は惜しまないつもりだよ』

 ノアにそう言われ、やはり不安は拭い切れない。最後の晩餐という言葉が、妙に心に引っかかっている。

「さ、考えたって仕方がないし、ご飯にしましょう。ゆっくりお風呂に入って、ぐっすり眠れば、明日には解決しているわよ」

 フルートがにこやかに微笑み、ホルンは最大限の作り笑いを浮かべた。ホルンは、テーブルの椅子に座り、運ばれてくる料理よりも母親の顔を眺めていた。隣では、妹のピアニカが、運ばれてくる料理に、嬉しそうな声を上げていた。

 家族の顔を眺めながらも、激しく脈打つ鼓動が抑えられない。ノアの交換条件を聞いて、正直怖気づいている。

 シュガーホープ七世の命の死守、ひいては国家防衛。ホルンにとってあまりにも大き過ぎる問題に、あまり現実味がないのも事実だ。ただ、親友を守りたいだけだ。ただ、親友を救い出したいだけだ。でも、親友を救い出す為には、ノアの力が必要だと感じた。もしかしたら、シュガーホープを助ける事ができたら、ビッシュは無罪放免にしてくれるかもしれない。

『今晩迎えにいくからね。それまで、一家団欒を楽しむといいよ』

 ノアに言われた通りに、家族との時間を楽しみたい。ホルンは一度席を立ち、洗面所へと向かう。水で顔を洗って気持ちを整えた。椅子に戻ったホルンを待ち、三人で食事をとる。

 何が何でも、この場所へ帰ってくる。顔を出そうとする臆病者を、心の奥に強引に押し込んだ。母親と妹の笑顔に、背負った重圧が軽くなった気がした。父親であるドラムが不在なのは、残念でならない。いつものような豪快な笑い声を聞いたら、臆病者も吹き飛んでしまいそうだ。

 ピアニカと一緒に風呂に入り、日常生活を送った。

「じゃあ、母さん。僕寝るね」

「うん、おやすみ」

 フルートは、優しい笑みを浮かべている。ホルンは、呆然とフルートの笑顔を眺めていた。

「ん? どうしたんだい? 顔に何かついてるかい? うわ! ちょっと、どうしたのよ? ホルンったら」

 首を傾げるフルートに、ホルンは抱き着いた。椅子に座るフルートの腰に手を回し、ホルンは母親の温もりを感じていた。そして、体を起こし、照れ笑いを浮かべる。

「へへ、何でもない。おやすみ」

「変な子ね。風邪ひかないように、温かくしなさいよ」

「うん」

 ホルンは、自室へと入った。部屋に入るなり、部屋着を脱いで、服を着替える。部屋の隅には、夏鉱石が薄い明かりを発している。見つからないように、隙をついて靴も持ってきていた。ホルンは布団に潜り込み、天井を眺めていた。時間が経過する度に、警鐘のように体の内側を、心臓が乱暴に叩いてくる。少しは眠った方が良いのだろうか。今日も走り回って、命の危機にも晒された。体は疲労困憊だが、頭は冴えている。

 こうしている間にも、ビッシュは酷い目に合わされていないだろうか? ホルンは、何度も寝返りをうっている。

『コンコン・・・コンコン』

 遠慮がちに、窓ガラスを叩く音が聞こえ、ホルンは布団から起き上がった。窓の外を覗くと、ノアが笑みを浮かべ手を振っている。ホルンは、音が出ないように慎重に窓を開け、外に飛び出た。そして、ノアが歩み寄り、ゆっくりと窓を閉めた。

「起きていたね。眠っていたら、どうしようかと思ったよ」

「眠れないよ。ビッシュの事が心配で、早く助け出したい」

「良い心がけだ。私と君は、一蓮托生。二人・・・いや、プッチも入れて二人と一匹で、力を合わせて頑張ろうじゃないか」

 ノアがニカリと笑うと、ホルンは大きく頷いた。

「じゃあ、早速」

「え? え? うわ!」

 ノアは、ホルンの頭から麻袋を被せ、軽々と肩に担いだ。ノアは、肩にホルンを担ぎ、手にはもう一つ麻袋を持っている。

「さあ、急ぐとしよう。『シールド』以外の人間が外に出ているのが見つかると、何かと面倒だ」

 ノアは、猛スピードで気温が下がっている、ウィント地区の民家を駆け抜けていく。ノアの肩に担がれているホルンは、振動が直に腹部を刺激し、吐き気をもよおしていた。

 尻に地面の冷たさが伝わった頃には、ホルンは麻袋の中で目を回していた。

「おや? 大丈夫かい? 失礼失礼、少々飛ばし過ぎたようだね?」

「い、いえ・・・大丈夫・・・ウプッ!」

 麻袋の口を開けノアは中を覗き、ホルンは口を押えている。

「あの、ノアさん? ここはどこなんですか?」

 ホルンは、麻袋の口から顔を出し、周囲を見渡した。味気のないブロック塀に囲まれていた。

「ここは、王都内のゴミ捨て場さ。暫くの間、君はゴミに紛れて隠れていて欲しい」

「わ、分かりました」

「そして、これが例の秘密兵器さ。兵器ではないけれどね」

 ノアはホルンの横を指さした。ホルンはノアの指先を目で追うと、同じような麻袋が置かれている。

「さあ、君の一世一代の大勝負だよ。子供の君にこんな危険な事を頼むのは心苦しいのだが、如何せん極度の人手不足でね」

「分かってます。覚悟はできてます」

「いいねいいね。君の覚悟はしかと受け取った。上手くいったあかつきには、私は全面的に君を支持し協力しよう」

 目を細めて微笑むノアは、麻袋の口を閉じた。

「ご武運を」

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