第四章 自由の羽

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 轟音が耳を劈き、耳鳴りがしている。両手足を縛られ、口を塞がれたホルン=ベイスホームは、暗闇の中床に転がっている。先ほどの轟音は、シーフ=カルドナがセットした爆弾が、破裂した音に違いない。天井から大量の砂が落ち、ホルンの顔に降りかかっていた。『雪幻の光路』という『魔女の落とし子』で結成された団体の地下集会場と、シーフの部屋を繋ぐ通路を塞ぐ事が爆発させた目的だ。そして、事実を知ったホルンを始末する為でもあった。激しい地響きがホルンの体を襲い、恐怖心を煽る。ホルンが横たわっている小部屋が、崩れてしまうのも時間の問題だ。ホルンは、体を懸命に動かして、何とか逃げ出そうと試みるが、固く結ばれたロープはまるで解けない。

 ホルンは、声にならない声を叫ぶ。しかし、呆気なくかき消されてしまう。激しい地震が、土の地面を波立たせ、ホルンの小さな体が浮き上がる。

体中に針で刺されるような痛みが襲う。床を転がる痛みに紛れて、時折織り交ざっていた。暗闇の中転げまわり、もう上も下も分からなくなっている。気が付くと執拗なまでに、頬に突き刺す痛みが走っている事に気が付いた。その時、違和感を覚えた。ホルンは、頬の辺りに視線を向けると、何かが自身の頬に張り付いている事に気が付いた。悲鳴を上げたホルンは、振り払うように転げまわる。そして、今度は頭部に痛みが走った。うつ伏せで倒れているホルンの後頭部に違和感を覚え、鳥肌が全身を駆け巡る。すると、口を塞いでいたロープが、スルリと地面に落ちた。

「え? あ! なに!?」

 混乱しているホルンが、目を見開くと、暗闇の中に宙を飛ぶ影が見えた気がした。そして、頬に激痛が走る。

「ピチチチチ!」

 耳元で声が聞こえ、バサバサと羽を羽ばたかせる音が、轟音の中から耳に入った。

「え? 鳥? あ! ひょっとして、プッチ!?」

「ピチチチ!」

 ノア=キッシュベルの親友であるという『マスイノトリ』であるプッチが、ホルンのロープを解いていく。先ほどまで感じていた痛みは、プッチがくちばしで突いていたものであった。手足が解放されたホルンは、激しい揺れの中、ゆっくりと立ち上がりバランスを取っている。

「プッチ! ありがとう! 助かったよ! よくここが分かったね!?」

 ホルンが歓喜の声を上げると、プッチに額を突かれ、ホルンは悶絶する。

「ご、ごめん」

 ホルンは額を押さえながら、プッチに謝罪した。『それどころじゃない!』そう言われた気がしたからだ。

「ピチチチ!」

 プッチは、鳴き声を上げながら、ホルンから離れていく。ホルンは、プッチの声を頼りに、揺れる地面に逆らうように、懸命に走っていく。暗闇で前が見えず、壁にぶつかったり、崩れた地面に足を取られ転んだりしながらも、なんとか走っていく。

 土で囲まれた狭い通路は、蜘蛛の巣上に地下に張り巡らされている。所々天井が崩れ落ち、塞がっていた。しかし、最適な動線を理解しているように、プッチは鳴き声を上げ続け飛んでいく。暗闇の中、プッチの鳴き声だけが生命線だ。今にも崩れ落ちそうな通路、暗闇を走り抜ける恐怖と戦っていた。

 暫く、走り続けていると、地面からプッチの声が聞こえた。足元で鳴き続けるプッチに、ホルンは体をかがめて土の壁を触る。すると、木製の感触が伝わってきた。手探りで触っていると、木製の扉である事に気が付き、ドアノブを探す。そして、ホルンは取っ手を掴み、ゆっくりと押した。すると、扉の隙間から薄明かりが漏れ、階段が現れた。プッチは扉の隙間を通り、階段を飛んでいく。階段の壁には、明かりが灯っており、足元を確認する事ができた。階段を上り切った所で、またプッチが待っている。プッチには、扉を開ける事ができない。ホルンが監禁されていた部屋にプッチが入れたのは、爆発で扉が破壊されたからだと気づいたホルンは、複雑な心境だ。ホルンが、扉を押し開けると、どこかの建物の中であった。樽や木箱などが乱雑に置かれている。ホルンは、忍び足で建物の中を抜けると、窓があり外からの月明かりが漏れている。その窓の脇の扉を押し開けると、冷たい風が体を震わせた。外に出て、建物を確認すると、小さな民家である事が分かった。しかし、誰かが住んでいる形跡はなかった。地下の集会所への入り口として使われている民家風の隠れ蓑だ。

「ピチチチチ!」

 突然、プッチが大きな鳴き声を上げ、ホルンはビクッと体を縮こませた。

「ど、どうしたの? プッチ」

「アラアラアラアラ! これはこれは、遅いお帰りで!」

 プッチを眺めていたホルンは、急に声をかけられて、心底驚いていた。

「ノアさん!」

 ホルンがノアに駆け寄ると、ひょいっと肩に担がれた。

「ここでは何かと具合が悪そうだから、場所を変えようか」

 ノアは、ホルンを軽々と担ぎ、風のような速さで走っていく。

 辿り着いた場所は、先ほどと同じような使われていない民家であった。ノアは、入り口の扉の鍵穴にヘアピンを押し入れ、簡単に解錠した。

「さあ、ここなら暫く、安心だろう。夜風も防げるしね。女の子は体を冷やしちゃいけないのさ。さて、いったい何があったのさ? 君がアカデミーに入ってちっとも戻ってこないなあって思っていたら、突然の地震だ。これはこれは、一大事だと感じたね。いったい何があったのかね?」

 ノアは、床に転がっていた椅子を立たせ、どっかりと腰を下ろした。ホルンは、見た事聞いた事をノアに説明する。

「なるほどなるほど、嫌な予感というものは、当たってしまうものだね。まさかシュガーホープ様の命を狙い、国家転覆を目論むとは、大それた事を。あの次男坊もなかなかの子悪党じゃないか。それにしても、君が無事でよかった。とてもとても貴重な情報をありがとう」

「ノ、ノアさん!? どうして、そんなに冷静でいれるんですか!?」

「ん? それはね、シュガーホープ様はまだご健在で、計画実行の前に情報を得られたからだよ。そして、何よりも私がいる。もう大丈夫だよ。それもこれも、君が命懸けで入手してくれたおかげだ。それで、君はどうしたいのだい?」

「ビッシュを救いたい! きっと、シールドに逮捕されたと思うから」

「そうかいそうかい。それならば、協力しよう。君には、借りがあるからね。しかし、それだけでは足りない。君にも色々と協力を願いたいのだが、構わないかね? 交換条件というものさ。ノルかソルかは、君が決めてくれればいいよ」

「交換条件・・・分かりました」

 ホルンは、真っ直ぐにノアを見つめ、力強く頷いた。

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