2-2

 ビッシュとシーフが、部屋に篭って話し合いをしている。気になって気になって仕方がないホルンであるが、さすがに扉の外側から聞き耳を立てる事に抵抗があった。ホルンは、アカデミーの正門が見える場所で、枯れ木にもたれている。ビッシュが出てきたら、すぐに分かる位置だ。

 ビッシュの事が心配ではあるのだが、待ち伏せをしている事に、躊躇いがない訳ではない。天秤の針が、忙しなく左右に振れている。ストーカー然とした振る舞いに、苦虫を噛み潰したようなビッシュの顔が思い浮かんだ。

 重過ぎる想いは、抱えられない。

 ホルンは、項垂れながら、体内の酸素を全て吐き出した。その直後、視界が突然暗転した。

「だーれ・・・」

「うぎゃあ!!」

「うわっ!!」

 悲鳴を上げ、振り返ったホルンの前に、驚いた表情を見せるセンシブがいた。

「な、何をやっているの? センシブ君」

「それは、こっちの台詞だ。台無しじゃないか?」

 センシブは思う通りに事が運ばなかった事に、若干不貞腐れている。ホルンの背後からそっと近づき、両手で目を隠し『誰だ?』とやりたかった。

「まあ、いいや。ところでホルンは、こんな所で何をやっているんだい?」

 膝に手を当てて、前屈みになったセンシブは、ホルンと目の高さを合わせている。センシブに凝視され、やや戸惑いを見せたホルンは、観念するように説明した。話を聞いたセンシブは、背筋を伸ばし腕組みをして、頷いている。

「そうか、それは確かに心配だ。でも、シーフ先生に任せておけば、問題はないと思うよ」

「え? センシブ君は、カルドナ先生の事を知っているの?」

「勿論だとも。僕もアカデミー時代は、シーフ先生に大変お世話になったからね。シールドに入隊してからも色々とお世話になっているよ。先生は、有識者として、信頼と尊敬を集めているお方だ」

「そんなに偉い人だとは、知らなかったよ」

「偉ぶらないところが、また素敵だろ? 誰に対しても丁寧で腰が低くて、優しいみんなの先生さ。少しは安心したかい?」

 センシブが優しく微笑むと、ホルンは小さく顎を引いた。

「あ、そうだ。ちょっと待ってね」

 センシブは、上着のフロントジッパーを下げ、懐に手を入れた。そして、紙の束を取り出した。センシブは、上下黒色のシールドの隊服を着用している。紙の束をペラペラと捲っていく。

「あ、あったあった。やっぱり、夜間外出届けが提出されている。この辺り、抜かりのない人だ」

「夜間外出届?」

「ああ、アカデミー生である君は知らないだろうけど、成人者は夜間に外出する時は、届出が必要なんだよ。数年前にできた保険のようなものだ。勿論、ドラムさんも仕事で遅くなる時は、提出しているよ」

「父さんが? 保険?」

 ドラムがわざわざ保険をかけるような人物には思えず、ホルンは頭を傾けた。

「魔女の呪いが浸透してきた時にできたシステムだよ。まだ法律として確立していないけれどね。悪事ややましい事は、夜間に行われる事が多いからね。健全に生活しているのに、疑われてもつまらないだろ?」

 確かにそうだと、ホルンは頷いた。

「特に呪いは、感染してしまうからね。密閉、密集、密接。この三つの蜜は、ホルンも避けるんだよ。僕達シールドは、特に夜間の三つの蜜を非常に警戒しているんだ。やや過剰になっている事も否定できない」

「過剰になっている・・・」

 ホルンは、俯きながら、ポツリと呟いた。

「ああ、そうさ。疑わしきは、罰する」

 センシブの射抜くような視線に、ホルンの心臓は激しく脈を打ち、顔を背けた。

「センシブ君は、それでいいと思っているの? 納得しているの?」

「勿論だとも。善良な民を一人も犠牲にしない為に、僕達シールドは日夜奮闘しているのさ。悪は根絶やしにせねばならない。それが、シュガーホープ様の御心なのさ」

 センシブは最後に笑みを見せたが、瞳の奥が冷え切っているように見えた。ホルンの背中に悪寒が走り、身震いがした。ホルンの知っているセンシブでは、ないように見えた。子供の頃から兄のように慕ってきたセンシブが、使命感に支配された得体の知れない存在に感じる。

「もうじき日が沈む。家まで送っていこうか?」

「大丈夫だよ。これから、お仕事でしょ? 真っ直ぐ帰るから、安心して」

 ホルンは、顔と手を左右に振った。断った理由は、迷惑をかけられないからではない。センシブと一緒にいる事が怖かったからだ。

「そうかい、じゃあ、気をつけて帰るんだよ。道草しないようにね」

 ホルンが大きく二度頷き、センシブは優しい笑みを浮かべた。センシブは薄暗くなってきた街並みを観察するように、あちこちに顔を向けながら歩いて行った。正確には、観察ではなく監視なのだろうと、ホルンは唾を飲み込んだ。

 センシブがシールドに入隊しなければ、こんな緊張感も生まれなかったはずだ。元より、ビッシュが『魔女の落とし子』として、疑いの目を向けられなければ、また違ったのかもしれない。どうしてもセンシブが、敵とまでは言わないまでも、味方だとは思えなかった。

 ホルンはセンシブが、姿を消した道の先を見つめていた。鼻から息を吐き、帰宅する為に、踵を返した。

「ピチチチチ!!」

 突然、甲高い鳴き声が聞こえた。と、思ったホルンは、咄嗟に頭を守るように両手を頭の上に乗せた。真っ黒な鳥が、ホルンの周囲を飛び回り、たまにクチバシで突いてきた。

「アラアラアラアラアラアラアラアラ。また会ったね。少年?」

 ホルンは薄目を開けて、確認する。

 アラが、多すぎませんか? そこまで驚いてはいないでしょう? ノアさん。

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