第二章 雪幻の光路
2-1
春山の麓に広がるスリング地区。美しい花々が咲き誇り、色とりどりの花弁が風に舞う。桃色の花びらで着飾った樹木が、春山の中央部に密集しており、町全体が華やかな印象だ。
ドンドン・・・ドンドン。
とある家の扉を遠慮がちに叩く音が響いている。しかし、家屋内からの反応がなく、小太りの男は少し間をおいてまた扉を叩き出した。すると、玄関扉が戸惑うように、ゆっくりと開かれた。小さく開かれた縦長の隙間から、やつれた女が顔を覗かせる。
「・・・どちら様でしょうか?」
「突然、申し訳ございません。息子さんの事で、少々お話しがございまして」
「シ、シールドの方ですか!?」
「いえいえ、私はシールドでは、ございません。我々は、息子さんを保護致しました」
「ほ、本当ですか!?」
「はい、本当です。あの恐縮ですが、中に入れて頂けませんか? ここでの問答は少々目立ってしまいます」
小太りの男がニコリと微笑むと、女は慌てて扉を広げた。家の中から、初老の男が椅子から立ち上がっていた。
「せがれを保護したってのは、本当なのか?」
「ええ、本当です。ご安心下さい」
「それで、あんたは・・・」
「これはこれは、大変申し訳ございません。私は、サンチュ=カールと申します。もう一度、申し上げますが、私はシールドではございませんので、ご安心下さい」
初老の男は、向かいの椅子を差し、サンチュは会釈をして、椅子に座った。やつれた女が、旦那の隣に立ち、不安そうな顔で、彼の肩に手を置いた。二人は、弱りきった視線をサンチュに向けている。サンチュは、顎に溜まった贅肉を揺らしながら、小さく咳払いをした。
「単刀直入に申し上げます」
一度目を伏せたサンチュが目線を上げ、二人を交互に見た。
「息子さんには、魔女の呪いがかかっておりました。『魔女の落とし子』です」
サンチュの言葉を聞いて、母親が悲鳴を上げて、膝から崩れ落ちた。父親は、グッと目を閉じ、唇を震わせている。
「心中お察しします」
サンチュは、悲痛な表情で、ゆっくりと頭を下げた。家屋内には、重苦しい空気が流れている。母親の泣き声が反響し、膨れ上がっていた。すると、玄関扉が開く音が鳴り、サンチュと父親は顔を向けた。
「ただいま・・・ど、どうしたの!?」
扉を開けた若い女が、驚いた表情で立ち竦んでいる。そして、慌ててテーブルを回り込み、床に崩れる母親の脇で膝をついた。
「お母さん!? どうしたの!? 何があったの!?」
両手で顔を塞ぎ泣いている母親が、娘に縋りついた。オロオロする娘が、父親に顔を向ける。
「…ユシンが『魔女の落とし子』になったそうだ」
「ユシンが見つかったの!? で、でも・・・『魔女の落とし子』だなんて・・・嘘よ! そんなの絶対嘘よ!」
娘は悲痛な叫びを上げ、父親を見上げている。父親は唇を噛み、堅く目を閉じた。
「残念ながら、本当です。我々が発見した時には、彼はもう・・・」
サンチュは、丸い顔を小さく左右に振った。
「あの、どちら様でしょうか? シールドの方ですか?」
「いえ、私はシールドではありません。サンチュ=カールと申します」
「サンチュさんが弟を見つけて下さったのですか? 弟はどこにいるんですか?」
「いえ、見つけたのは、私ではありません。仲間が発見しました。弟さんは、我々が保護しております」
娘は震える声を出しながらも、強い眼差しでサンチュを見つめている。泣き出したい気持ちを胸の奥に押し込めて、気丈に振る舞っていた。
「弟に会わせて下さい!」
「もちろんです。その為に、私は来ました」
サンチュは、優しく微笑んで、真っ直ぐに娘を見つめた。
「あの・・・サンチュさんは、何者なんですか?」
「我々の組織名は『
「『魔女の落とし子』の人権?」
「はい。ご存知の通り。この世界では、『魔女の落とし子』は、犯罪者として処罰されます。その権力の横暴に、意を唱えております」
「で、でも、そんなの許される行為では・・・」
「勿論です。常識的に考えれば、我々は犯罪集団なのでしょう。なので、秘密裏に活動を行っております。しかし、私達が間違っているとは、どうしても思えない。多を生かす為に、個を抹殺するなど、短絡的すぎる。そうは思われませんか? 残された者の悲しみは、どこへ向かえば良いのでしょう?」
顔を紅潮させ、サンチュはテーブルの上で拳を強く握った。父親、娘、そして顔を上げた母親が、呆然とサンチュを見つめていた。サンチュは、ハッとして、拳を開き、汗ばんだ掌を服で拭った。深呼吸をして、小さく咳払いをし、照れ臭そうに笑う。
「申し訳ございません。つい熱くなり過ぎてしまいました。しかし、皆様はシールドに捜索願いを出しておられない。息子さんが雪山で失踪したにも関わらず・・・それはなぜでしょう?」
「そ、それは・・・」
父親と母親そして娘が、それぞれ顔を見合わせている。
「私がお答えしましょう。シールドに発見され、万が一『魔女の落とし子』として認定されてしまえば、この世界では生きていけないからです。そして、ご家族の皆様も生涯後ろ指を刺され続け、迫害を受けてしまうからです」
サンチュの声に、三人は俯いて押し黙ってしまった。
「全ては俺の責任だ」
父親が奥歯を噛みながら、震えた声を漏らした。膝の上で力強く拳を握り、全身を震わせている。
「俺が体を壊したばかりに・・・せがれが俺の代わりに、冬山に冬鉱石を取りに行ったんだ。収入が減少し、先々の事を考えて、王都での購入を渋ってしまった。そのせいで、せがれは・・・」
「その判断は間違っていたとは思えません。多くの民がそうしています。それに、魔女の呪いがかからない為に、シールドが冬山を警備しています。にも関わらず、息子さんは呪いにかかってしまった。シールドの怠慢に他なりません。己の怠慢を棚上げし、呪いにかかった者を処罰するとは、横暴にもほどがあります」
「確かにその通りだ。せがれが処罰を受けるなんて、納得できる訳がない。その事が公になれば、娘の縁談にも支障をきたす。娘も来年二十歳だ。年頃の娘なんだ。二人とも俺の可愛い子供だ。是が非でも幸せになってもらいたい。処罰など、言語道断だ」
父親は火がついたように怒りを露わにし、拳をテーブルに叩きつけた。眉一つ動かさないサンチュが、緩やかに笑みを浮かべた。
「おっしゃる通りです。民一人一人が、幸福になる権利が御座います。個を切り捨て、上部だけ平穏を取り繕う事が、本当の幸福と呼べるでしょうか?」
サンチュが三人の顔を順々に眺めていく。父親、母親、娘の三人は、サンチュと目が合うと、小さく頷いた。
「そ、それで、私達は、これからどうすれば良いのですか?」
母親が、体の前で手を組んで祈るように、サンチュを見上げている。まるで、藁にでも縋るような面持ちだ。
「まず、皆様に守って頂きたい事は、他言無用だという事です。万が一、シールドに知られたり他の民に知られ通報されてしまえば、一巻の終わりです。そして、息子さんの容体次第で、次回お連れします。そこで、皆様で話し合って下さい。今後の事について。くれぐれも冷静に。そして、皆様の頭の中にある常識は捨てて下さい」
「常識を捨てるとは、どういう事ですか?」
「まずは、息子さんの全てを受け入れてあげて欲しいのです。人間とは、自分の知らない事や分からない事を毛嫌いする傾向があります。知らない、分からないイコール嫌いという図式です。その考えがないと、息子さんが常軌を逸しているように見えてしまう。否定から入らず、必ず承認してあげて下さい。さもないと、高い確率で決別します。『私達は、あなたの味方だよ』と、安心させて下さい」
「なるほど。分かりました」
深く頷いた父親を見て、サンチュは目を細め深々と頭を下げた。
「ご理解頂き感謝致します。長い戦いになるかもしれません。互いに手を取り合って、幸福で温かい光の路を歩みましょう」
サンチュは、にこやかに微笑み、父親の手を握った。
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