第34話 指名権の行使


黙り込んでしまったアレクの答えを


司会者含めた観客たちは首を長くして待っていた。


「俺は‥。」


アレクはゆっくりと言葉を切り出した。

最初の言葉は、兄のアーシャでも、ヒロの名前ではなく、「俺は」

であったことを聞いて観客は、固唾を飲んで待ち構えていた。


司会者は、ヒヤヒヤしながらも慎重に相槌をうった。


「俺は、この大会にはヒロとペアになることを目標に出場を決めました。


でも、俺はこの大会で兄であるアーシャの偉大さにも気付きました。


小さい頃、兄さんと俺は離れ離れになりました。兄はグレーボーダー、俺は政府本部で育ちました。俺と兄さんには両親がいなく、俺は兄さんのことが大好きでした。唯一の家族でしたから。別れる時には兄さんはいつか俺に会いに迎えにくると約束してくれました。


能力のコツを掴むのが人より少し優れていた

俺は、政府の本部で厳しい訓練を受けていました。俺は兄さんにどうしても会いたくなって一度だけ政府本部を抜け出したことがありました。


俺は内緒で兄さんに会えるかもしれないと、グレーボーダーに行ったことがあります。そこで見かけた兄さんは、とても楽しそうにしていて…。


その時、俺は孤独を感じているのは自分だけで、兄さんは俺がいなくても平気でいるんだ、自分勝手に解釈していました。


あの日約束したのに、兄さんは俺を捨てて、グレーボーダーに居続けるんだと。


そんなこと兄さんがするはずはないのに、今日の今までそうやって兄さんを恨む気持ち、怒りを糧に強くなろうと思ってきたのです。


この場を借りて言わせてください。

兄さん、たくさん酷いこと言ってごめんなさい。この気持ちは今に限ったことじゃないです。」


とアレクは深いお辞儀をした。


会場はしんみりとした空気になっていた。


「じゃあ、指名権はお兄さんのアーシャさんに行使するんですね。」


と司会者もしんみりしていた。


「いえ、俺はヒロに指名権を行使したいと思います。」


この話の流れからは、当然アレクからはアーシャの名前がでることを誰もが期待していただろう。


意外にもその名前は「ヒロ」であった。


兄弟の辛い生い立ちとこの勝利という、実に感動ストーリーでしんみりしていた会場だが、


「え〜。」


というどよめきが、アレクの回答後に響き渡った。


困惑した司会者も思わず


「これを含めての意味がさっぱりわからないのですが‥?」


と言ってしまった。


「昔からそうだったんですけど、今回改めて兄さんから学んだことは、貫く心を持つということです。


俺はヒロとペアを組むために今まで頑張ってきました。


最後まで、自分の意思を貫きたいです。ヒロと組まない理由はどこにもありません。」




とアレクは自信満々に言って、会場の空気をわかってないのかケロッとしていた。


「じゃあ、ヒロさんに指名権を行使するということでよろしいんですね?」


とくどい司会者に対して


「はい。さっきからそう言ってますけど‥。」


とアレクの口調には、少々イラつきが混じっていた。


その頃実況中のヒロはと言えば、


アレクの答えにすっかりガッカリしていた。


「ヒロさん、指名されましたね!久しぶりのペアになりますね。」


と実況者がやや興奮気味にいうと


「一体、どうしてくれるんですか!?アレクとは組みたくなかったのに‥。」


とヒロは実況者とは真逆で、テンション駄々下がりの口調で答えた。



こうして、感動、驚き、そして困惑に包まれた表彰式は終わった。



表彰式が終わった数十分後、眠り続けていた何も知らないサンが目覚めたのだった。


俺は目を開け、上体を起こすと、そこはどうやら医務室のようであった。


すると、ちょうど、様子を見にきた、ミナとスリーとマサとナオが入ってきた。


「サン!目覚めたのか!」


とミナが言った。


そして、俺は思い出しように


「試合どうなった!?」


と4人の顔をそれぞれ見ながら聞いた。


4人ともは少し黙った。


するとナオが


「お前はギリギリで負けたんだ。」


と真面目な目をしてこたえた。


俺は、一瞬嘘を言っているのかと思った。


でも、みんなの雰囲気を見れば、それが嘘ではないことがすぐにわかった。


俺はそれが分かった瞬間、固まった。


「そんなはっきり言わなくても。」


とミナがナオの肩を叩いて言った。


「はっきり言わんかって、どないするんだ。

サンのためならはっきり言うべきや。」


とマサが優しいいつもの関西弁ながら、はっきりとした口調で言った。


俺はもう眠くないはずなのに、意識がぼーっとしていくのを感じた。


「じゃ、指名権は‥。アレクは誰を指名したんだ?」


と俺が聞くと、


「アレクは、ヒロを指名したよ。」


とスリーが答えた。


すると俺は負けたことを聞いた時から、感じていた、どうにもならない胸の痛みを感じながらいつのまにか泣いていた。


声を出して泣いていた。


「俺ぇ‥。負けたんだぁ‥。」


すると、ミナが俺の背中をさすってくれた。


「それは悔しいよな。わいも悔しい。サン、今は泣きたいだけ、泣きぃ。」


とマサが励ましの言葉をくれた瞬間、俺はこれまでにないくらい悔しい気持ちでいっぱいになり、目が爆発するくらい涙を流した。


俺はその時、初めて、こんなに悔しい気持ちをした。そうして、なんといっても、ただただ胸が苦しかった。



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