第33話 優勝者




俺は必死で動こうとしているが、身体が思うように言うことが利かない。


一方、アレクは俺と反対に軽やかな動きを維持している。


そして、俺はついに意識が一瞬薄くなった瞬間、身体がよろけ、つまづいてしまった。


「まずい、狙われる」と思った瞬間、俺は思わず『時間』を使ってしまったのだ。

すぐに能力を使うことをやめていたので、何とか意識は保っていたが、もう、そろそろ限界に近づいていた。


俺はその時、会場から


「サン!がんばれー!」


「負けるな!」


とミナとスリーの声を耳にした。


そうだ。俺はここで負けるわけにはいかないのだ。限界などとは言ってられない。限界などはもうとうに超えているはずだ。


俺は諦めない。そう自分に言い聞かせて、何とか意識を保とうと必死に歯を食いしばっていた。


すると、ついに、アレクの動きが再び変わった。


俺は、とてつもなくでかい攻撃が来る気しかしなかった。


しかし、俺が思うに、この攻撃をアレクがしたなら、きっとアレク自身も大ダメージを受けるはずだ。アーシャもそうだったように。

俺はこの攻撃をとにかく避けることだけに集中しよう。


そして、その俺の予想した瞬間は突然おとずれた。


アレクは、体勢をこちらに真っ直ぐに向けて猛スピードでやってくる。


俺は最後の力を絞って、残りほんの少ししかない『時間』を使って何とか標的となる場所から動いた。



すると、会場には本日2度目の「バーン」という、爆音が響き渡った。


その瞬間、試合終了のブザーが鳴った。


またもや、仮想室全体に煙が立ち込め、誰が勝ったか観客席からは全く分からない状態となった。会場は誰が勝ったのかを見届けようと、皆の目は一斉に仮想室を見つめ、立ち込めた煙が消えるのを待っている。そのため、先ほどまでは騒がしかった会場が一瞬静まりかえっていた。


煙が消えると、

そこには倒れているアレクと、サンの姿があった。


2人とも倒れているということは、どちらが勝ったかその時には分からない状態であった。


会場の皆は、最終判定を表示するスクリーンを凝視する。


そこに表示されたのは


「優勝!!アレク!!」


の文字だった。


一見互角に見える試合だったが、サンは避けるために『時間』を使って、アレクの莫大な攻撃を避けることができた。


致命的な打撃を受けないで済んだ。


しかし、サンは能力の『時間』を使ったことで

アレクが攻撃するより先に、眠りに落ちてしまった。


その時点で、サンの負けが決定してしまっていたのだ。


その頃、実況中のヒロ


「ゆ、優勝はアレクです!!何という接戦だったのでしょう。決勝でここまで接戦だったのは久しぶりに見ました!!私、感動して涙が出てきています!」


と実況者は熱い中継コメントの真っ最中であった。


ヒロは実況者がまだ喋っている途中で、


「サン!アレク!良くやった。」


と嬉しいのか悔しいのかよくわからない、なんとも言えない表情でマイクに向かって叫んだ。



会場にいた観客の人達も拍手をしている人も入れば、立ち上がってジャンプをする人もいて、歓声に湧き、盛り上がっている。


アレクは自分が勝てたことに喜んだ。観衆に向かい、何度も両手で勝利のガッツポーズ。


肝心のサンは仮想空間から出てからも、眠った状態のままだった。


サンの不在のまま、閉会式が始まった。

表彰台にはサンは登場せず、アレクのみで表彰セレモニーが行われた。


優勝者インタビューでは、


「アレクさん、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」


と、司会者とアレクのやりとり後、会場からは再び盛大な声援と拍手が送られた。


続いて、

「最後までギリギリの戦いだったと思いますが、ずばり、勝因は何ですか?」


という司会者の質問には、しばらくアレクは黙り込んでいた。


しばらくの沈黙の後、


「こんなこと正直、言いたくないですが‥。兄です‥。兄の強い心と兄の力のこもった技のおかげです。」


と、アレクの口から思いも寄らない言葉が出た。


「最後は、準決勝で兄が俺にしかけた技をそのまま使いました。」


とアレクは言った。


それを聞いていたアーシャの目は少し潤んでいた。


「では、この勝利を真っ先に伝えたい人は?」


と司会者に尋ねられと、  



アレクは今度は即答した。


「それは、サンです。」


すると司会者は驚いた顔をした。


「そうなんですね。なぜサン選手ですか?」


と、興味深げな表情でアレクにマイクを向けた。


「それゃあ、もちろん、俺が勝ったのに今、あいつがここにいないからです。


俺の勝利を目の前で見せつけてやるつもりだったのに、今だに眠っていて俺の勝利を知らないんですよ。


今すぐ叩き起こして伝えたいです。」


とアレクは調子よく答えた。


続けて司会者はアレクに尋ねた。


「次に、今回の優勝賞品の指名権、どなたをペアに指名されますか?」


アレクはしばらく黙り込んでいた。


兄アーシャの気持ちがアレクに少し響いたのかもしれない。


アレクは兄のアーシャとヒロで迷っているようだった。

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