第29話 準決勝

俺はこの兄弟の試合の空気が独特なものであると感じた。 


会場はこんなにも熱狂的に沸いているのに、注目の的である2人の空間はとても冷ややかなものを感じた。


俺は『瞬間移動』の弱点をなるべく短時間で見つけられるように真剣にその様子を見ていた。


「兄さんが、遠慮すんなって言ったんだからね。」


とアレクは早速アーシャに仕掛ける。


この戦いの勝敗を巡って、会場全体が大変盛り上がっている。


その関心の高さと熱狂ぶりは、グレーボーダーのメンバーも例外ではない。


「ナオとスリーは、どっちが勝つと思う?」


とミナが聞いた。


「俺は、圧倒的にアレクだと思う。」


と言うナオは、さらに続けて言った。


「2人とも同じ『瞬間移動』っていう能力だから、一見互角に見えるけど、タイプが全く違う。


アレクは最初から、フルパワーで能力の使用ができる。それに対して、アーシャは最初の能力の使用が不安定だ。


能力に関していえば、完全にアレクの方が強い。となると、有利なのはアレクだ。」


とナオは言った。


それに対してスリーの意見は違っていた。


「僕はどっちってのはわからないけど、アレクだけが完全有利ってわけじゃないと思う。

アーシャは後半になるに連れて、一発一発の『瞬間移動』の動きが大きくなる。それがヒットしてくれば状況も変わってくると思う。そこまで、読まないとプロじゃないね。」


とスリーはやや挑発気味に言った。


「そういう考え方もできるっちゃできるけど、やっぱり、Sランク4位は伊達じゃないと思うけどな。」


とナオは負けずに主張を続けた。


「もう!みんな言い争わないで!どっちが勝ったっていいじゃない?!ここで戦っても意味ないわ。平和に行こう。」


という謎のヒロイン感を出してきたミナに対して


「お前が言い出したんだろ。別に争ってないし。」


とナオが呆れた様子で言った。



「まぁ、試合は今から始まるんだ。じっくり見ようやんけ。」


とマサが2人の間を遮るように、口を挟んだ。


「あれ、マサいたの。」


と辛辣にミナが言った。


「え。なんか、わいにだけ話を振ってこないから嫌な予感はしたけど、それはえげつないねん。存在薄いのかい、わい。。。」


とマサはショックを受けた様子で言った。



仮想室では試合が進展している。


アレクが早速、『瞬間移動』を使った。

すると、初期段階に能力が安定的にコントロールして使えないアーシャは、相手の動きのみでなんとか反応していくが、なかなかうまく避けることができない。


「あれれ?兄さん、まだ、ウォーミングアップなんだけど。」


とアレクが言った。


「アレク、俺はいい兄ちゃんじゃなくて、ごめんな。でも、俺は諦めるわけにはいかないんだ。」


と言い、アーシャは、アレクの素早い攻撃に必死に喰らい付いていった。


アーシャは、アレクの攻撃から身を守るのが精一杯でアレクになかなか攻撃することができない。


すると、なかなかへばらない兄に対して苛立ちを見せるアレクは攻撃がだんだんと荒くなっていく。


「アーシャぁぁぁ!早く諦めろよ!!」


とアレクは怒鳴り散らす。


「俺はお前に勝ちたいからここにいるんじゃない‥。お前とまた前みたいに‥。」


とアーシャは精一杯にアレクに対して喋った。


「うるさいなぁぁぁ。」


さらに激しくなるアレクの攻撃に必死に耐える。


少し一方的にアーシャがやられ始めていた。


すると、ついにアレクの素早い攻撃に追いつけなくなった、アーシャはまともに攻撃を喰らってしまった。


さして、アーシャは倒れ込んでしまう。


しかし、まだ試合終了のブザーはならない。


会場のほとんどがアーシャがもう負けだと思った。


すると、アーシャはなんとかぼろぼろな身体を気迫で立ち上がらせていた。


「まだだ‥。」


まだ諦めず、立ちはだかるアーシャに


「今更何兄貴ぶってんの?兄さんは一向に向かいに来なかったくせに!!」


アレクはアーシャに向けて怒鳴った。


「お前を見捨てたわけじゃないんだよ‥。

ダメな兄ちゃんで本当に申し訳なかった。」


とアーシャはアレクに向けて言った。


するとアーシャは今まで溜めた力を身体中に巡らせ始めた。さっきまでとは明らかに様子が違う。


俺は、その時、何かが起こる予感がした。


「俺はこの一撃だけのためにこの大会まで練習してきた。。」


アーシャから強いどころじゃない、甚大な破壊力がみなぎっているのを感じた。


「これで終わりだ。」


アーシャはこの訓練の間、瞬間移動の速さなどは諦め、瞬間移動によって生まれる力を利用して力を生み出すことに集中していたのだった。


そのままアーシャはアレクの方に莫大な力を引き連れて、突っ込んでいく。


すると「ドッカーン」という爆音が鳴り響く。仮想室の中一体は煙で何も見えない。


この様子だと、アーシャ自身も捨て身の覚悟でアレクにぶつかっていったのだ。


会場は試合の状況がどうなったのかと騒然としている。


結局、煙で何も見えないまま、試合終了のブザーが鳴り響いた。

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