第10話 キャラバン隊、重い腰を上げる

 桜はとうに散り、春の大型連休に差し掛かり、いよいよ出発する。

 すでに引っ越し屋がダンボール詰めの荷物を運び出し、家の中はスッキリ。

 もっとも、実家から完全に引き払うわけではないので、家財道具は大半そのまま。

 基本料金を払い続けるのも無駄なので、電気、ガス、水道は停止の手続きをする、固定電話や光回線やらも解約。

 新聞は主たる読者だった母が亡くなった際に解約済み。

 市役所で市外への転出、郵便物の転送の手続きも終え、事務処理だいたい完了。

 受給途中の失業給付は転居先の管轄のハローワークで手続きすれば大丈夫っぽい。


 物理的な出発準備にかかる、自分で運ぶのは当座の荷物だけとはいえ、かなりのボリューム。

 ゲレンデの屋根にキャリアバーを取り付けルーフボックスを装着、すぐに使わないものはそこへ押し込む。

 箱詰めした液晶テレビとPC用モニター、クーラーボックスとキャンプ装備の入った道具箱、水を入れたポリタン他、大型の荷物は荷室の寝台の下へ。

 寝具類は寝台の上、ノートPC他、HDD内蔵した機器やカメラ類はプラのコンテナに収容し助手席の足元へ。

 後部座席には着替えの入ったダッフルバッグ、他にクロマルのフードやタオルや道中のオヤツ。

 そして後部座席足元にキャンプマットを敷いて、さらに犬用ベッドを設置し、お犬様席。

 一見して窮屈そうなのだが、だだっ広いボルボの荷室などより体が挟まって安定するのか意外に好評。

 やはりこれも持っていこうか、いや置いていこうかと逡巡することしばし、パズルのように出したり入れたりを繰り返し、ようやくフィックス。

 次に帰ってくることがあっても、最低半年は先だ。


 夏と秋に現地入りした際は、まだ有休利用の身の上だったため手軽なフェリーを利用したが、今回は青森まで陸路を自走していくことにしている。

 連休中に移動すれば、休日の高速料金上限1000円(当時)がフルに利用できる。

 傲慢で無礼な発言ばかりし与党を下野させた世襲総理だったが、これは唯一の手柄だった。

 しかし、以前よりは時間に余裕があるとはいえ、引っ越し途中なのでのんびり観光というわけにもいかないが、ぜひ行きたいところがあった。

 東北の震災、それも津波の跡を自分の目で見ておきたかった、ひんしゅくものの野次馬なのは重々承知だが。


 戸締りの確認をし、雨戸も閉め、最後に2階の小部屋へ行く。

 ここは、かつての父の書斎というか趣味の部屋。

 父は多趣味かついろいろとこだわりの多い人で、収集癖もありいろいろとコレクションしていた、母曰く「道楽者の浪費家」。

 登山や釣りなどのアウトドア用品、カメラ、オーディオ機器、オートバイ関連、あとは本、CD、映画やドラマを撮り貯めたビデオライブラリ。

 母の評価は「ガラクタの山なんとかして欲しい、使わないのに同じようなものばかり、ビデオもどうせ見直したりしないのに」といったところ。

 アウトドアといっても実際に出かけていくのはそれほど多くはなく、道具をいろいろと買い集め眺めていじって楽しむほうで、あとは登山記録や航海記、昔の探検記などの本を多く読んでいた、自称「アウトドア書斎派」とか。

 酒もタバコもギャンブルもやらず、所詮はサラリーマンの小遣いの範疇でやっていることに目くじらたてるほどのこともないのだが、どんどん物が増えて家が狭くなっていくのが母には気に入らなかったようだ。

 母は洋裁が得意だったが、他にはこれといって趣味もなく、「平凡が一番」というのが口癖で、何かというとまだ小学生の築に「将来は公務員になりなさい、公務員が一番」と、暗示というかすりこみをかけていた。

 両親は一応は恋愛結婚らしいのだが、どこでどうしてこうなったと思う不思議な夫婦だった、でもまあ別段仲が悪かったわけではない。

 父は築が中学に上る少し前に病死し、それ以降この部屋の物は築が引き継いだ。

 道具類は古いものが多く風情はあるが実際フィールドで使用してみようとは思わない、カメラもデジタルでなくフィルムの一眼レフ。

 築の身長は173センチ、父はそれより少し小さいくらいで衣類はほぼ共用できるが、時代を感じさせるフィルソンやペンドルトンなどが多く、重くもっさりしてあまり趣味ではない。

 棚からビデオテープを出し、デッキに入れ再生する。

 テレビ放映された洋画の録画で、最初は父と一緒に、その後も一人で何度も繰り返し観た。

 都会からロッキー山脈に移住した家族の話で、ファミリー向けのたわいもないストーリーだが、舞台の雄大な風景と腰にナイフ肩にはライフルの、アウトドアライフが日常の世界に子供心に魅了された。

 早送りしつつも内容を確認するように最後まで流し見する、日本国内でこの映画のままとはいかないが、近い生活が待っている。

 また、マイ温泉に惹かれたのもこの部屋の蔵書の影響かもしれない。

 九州の架空の温泉郷を舞台とした劇画で、民家にも普通に温泉が引かれ入浴風景豊富、けっこうエロ要素もある作品だったので母の目を盗みこっそり読んだ。

 父のコレクションから、ナイフ3本とニコンの一眼レフを1台を持っていく荷物に加えることにした。

 下でクロマルの吠える声が聞こえる、もう夕方近く散歩のお呼びだ。


 これで自分のホームとおさらばとは夢にも思っていないであろうクロマルを連れ、いつもの散歩コースをゆっくり1周のつもりだったが、ここ数日の不穏な空気とクルマへの大量の荷物の搬入を眺めていたせいか、遠回りしようとして家へ戻りたがらないクロマル。

 待っているのはこれまでの旅行やキャンプとは比較にならない旅立ち、奴も感じるところがあるのだろう、最後の方は引きずる感じで家へ帰り着く

 クロマルにフードを与え、自分も途中のコンビニで買い込んだ弁当で早めの夕食、クロマルの食休みを理由にグズグズごろごろする。

 するとメールの着信があったので、それに返信する。

 しばらくして、家の前でエンジン音、社用車で乙さんが見送りに来てくれた。

 一緒に保守デスクのリーダー格の女の子とインフラ担当の男性、自分が仕事で普段関わることが一番多かったメンバーだ。

 色々と途中でぶん投げてきた感もあるので、ちょっと気まずかったが嬉しい。

 皆は抜け出して来ただけで、また会社に戻るらしい、ご苦労さま。

「体に気をつけて」

「メールします」

「遊びに行くからな、それまで帰ってくんなよ」

 励ましの言葉と差し入れとを頂き、盛大な見送りに引っ込みがつかなく退路を断たれた感じで出発した。

 クロマルと二人だけのキャラバン隊、北上開始。

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