第9話 キャラバン隊、準備完了

 新年を迎え、晴れて自由の身となった築、傍目からは失業者とも言う。

 自由の身とはいえ、世捨て人ではないので様々な手続きが必要だ。

 まず会社の人事から送られてきた離職票を持ってハローワークへ、求職者として登録することで失業給付がもらえるようになるのだが、自己都合退職者の場合は給付制限期間とかがあって少し先。

 健康保険は少し考え、国保ではなく前の会社のを任意継続することにした、会社負担分がなくなるので割高にはなる。

 クレジットカードの類は年会費の高いものは退会、逆に無料だったり特典が豊富なものは在職中に作っておく。

 住所変更はいずれしないといけないが、職業や年収などの情報は従来のまま、これから当面の間は職業欄には無職と記入せざるを得ない。

 まだしばらくは神戸の実家に居るので、役所関係の届けはそのまま。

 気持ちとしてはすぐにでも北の大地に旅立ちたいのだが、今は厳冬期。

 春までの数ヶ月、こちらでできること、こちらでしかできないことを考えてやることにする。


 まず、クルマの修理から。

 車齢20年にもなるゲレンデなのである程度は覚悟していたが、まず早々にラジエーターから冷却液が漏れ出した。

 原因は配管とかの問題ではなくオーバーヒート、古いクルマなので販売店には保証なしとは言われていたが、さすがに納車直後のことなのでねじ込んでなんとか修理させた。

 エンジンファンのカップリングの問題とかで、要はきちんと回っていなかったらしい。

 これで一件落着といきたかったが、この後も水温上昇問題には度々悩まされることになる。

 その日も水温計の針が赤いところにかかりつつあったので、駐車スペースに停め、エンジンフードを開け冷ましていた。

 古い特殊なクルマだしこんなもんかと諦めかけていたが、電動ファンが回っていないのに気づいた。

 購入後数ヶ月経過しさすがに再度のクレーム処理はきついので、自前で修理することに。

 ついでにヒッチメンバー、トレーラーを牽引するのに必要な連結器の取り付けも依頼した。

 1週間ほどで唸りたくなるような請求書と共に帰ってきたゲレンデは、渋滞路でも長い坂道を登っても水温計の針は少し上昇する程度になっていた。


 次に始めたのが教習所通い、もちろん普通自動車と二輪の免許は持っている。

 追加するのは大型、大型特殊、けん引、おまけで大型二輪。

 免許の種類にもよるが、求職者には免許取得に補助が出る制度があり、それを有効に使わせてもらう。

 教習所にもよるだろうが、複数の免許を同時に取得すると入学金だけでも安くなる。

 トラックドライバーになるつもりなどないが、持ってて困るものでもなし、何かの役に立つだろう。


 そして建設機械の教習所にも通う。

 秋に思わぬ雪に閉じ込められかけ人力の非力さを痛感した、土地を開拓したり除雪したりするのにも機械力は必要不可欠。

 自分の所有地で自己所有の重機を動かすのなら資格もクソもないだろうが、いきなり購入するにもレンタルしようにも全くなんの経験もない。

 なので練習がてら建設機械の教習所の門をたたくことにした。

 こういった教習は重機のメーカーが主催している、取得できるのは自動車と違って免許証ではなく講習修了証とかになり、教習所でまちまちで統一されたものではない。

 公的な免許ではないと言っていいが、資格なしに動かして事故を起こすと労災やらなにやらで問題になる、なので職業として重機を操作する場合には必須。

 こちらは小型車両系建設機械、小型移動式小型クレーンを受講。

 堅苦しい表記だが、車両系建設機械の方は各種あるが教習に使用されるのはユンボ、小型移動式小型クレーンのほうはユニックといったほうが通りがいい。

 どちらもメーカー名だったり商品名だったりが、ほぼ一般名詞として通用するようになった、他の例だとキャタピラとか、建設業界に多い気がするのはなんとなくわかる気がする。

 小型かどうかは車両系建設機械ほうが機体重量3トン未満、クレーンのほうはつり上げ荷重が5トン未満で区別される。

 講習は学科と実技、学科は講習を受けて最後に簡単なテスト、実技は1台の機械で受講生が順番に一通りの操作を習うだけで経験にはなっても練習にはならない、これも最後に操縦テスト。

 操縦技能云々ではなくよほどのこと、学科で必要点に満たないとか教官の指示を無視したり危険な行為を行ったりしない限りは落ちない、と思う。

 建設関係者はだいたい自前で練習できる環境があるので、全くの初心者は自分と農家のおばちゃんだけだった。

 後に車両系建設機械のほうは大型特殊免許があると課程を省略できるので制限なしの方も受講した、こちらの教習はホイールローダーだった。

 もちろん建設現場で働くつもりもないが、まあもののついでというやつだ。


 そして、当面はなんの役にも立たないけれど船舶免許も取った、1級小型船舶操縦士免許。

 昔からヨットの航海記などを読んで外洋クルージングに憧れていたのと、調べると結構簡単に取れそうだったので。


 こういった免許や資格は、時間と金があれば比較的簡単に取れる。

 今の自分に時間はあり余るほどある、しかし金のほうはどんどん減っていき補充される予定はない、大丈夫か?


 春までの数ヶ月をそんなかんじで過ごし、桜の開花の知らせを耳にする頃、いよいよ出発の時期が迫ってきた。

 現地からは大きな問題なく工事は完了しているとの知らせと、細々した仕上げの部分の確認依頼が来ている、堤社長に相談しオプション的なことをお願いしておく、追加で費用はかかるが。


 移住先の北海道は道庁のある札幌とその周辺以外はただの地方都市か、それ以下の田舎。

 山間部でも離島でもなくとも隣町まで数十キロが普通で、その間は茫漠たる広いだけの土地、陸の孤島が点在している感じだ。

 都市部で生活している人間なら普通にあると思うものがなかったり、遥か彼方だったりする。

 まして自分がこれから向かうのは道内でも過疎の地域、ラストフロンティアとは言いすぎか。

 地方でクルマを走らせていると、「〇〇(ショッピングモール)まで△△キロ」とかの看板がよくある。

 そんな遠くの看板出して意味あるの、△△キロも走ったら隣の県まで行っちゃうよとか思っていたが、それが普通あるいは輪をかけた世界。

 これから自分が住む町のことを考えると、食品スーパー、ドラッグストア、コンビニ、ホームセンターの簡易版はあった、よく見てはいないが古くからの個人商店等もあるだろう。

 生活に最低限のものはあるといっていいが、電化製品、服飾、スポーツ用品、ファミリーレストラン、ファーストフード等、都市の幹線道路沿いに立ち並んでいる大手チェーンは皆無。

 ネットで何でも買える時代とはいえ、手にとって確認したい物、欲しいものが確定しておらず漠然と商品を眺めてから決めたい場合も多い。

 さらに北海道は送料無料の対象外だったり、割高だったりというネットショップは普通にある。

 なので、現地での購入が難しいものや割高になりそうなもの、送料がバカ高になる大型商品は、こちらにいる間に調達していく。

 主にネットで注文するが、直接専門店に買いに行ったものもある、その代表は現地ですぐ使うことになりそうなチェンソー、付属品や薪割り道具なども含めかなりのボリューム。

 実家であるこの家はこのまま残るので、家財道具の類ベッドとかタンスは持っていかない、冷蔵庫とか洗濯機とかも現地で買うので残していく、一番かさばるのは原付二種のバイクとゲレンデの夏タイヤ4本。

 現地ですぐに必要となりそうな衣類や寝具と炊事道具や工具にキャンプ装備、それに自分の部屋のテレビとレコーダーやパソコンにカメラ等の電子機器はゲレンデで運ぶ。

 それだけでクルマはいっぱいになりそうなので、ネットで引越しを一括見積り請求した。

 数社で相見積をとったが、仕方のないことだが距離も遠く地続きでもないので荷物の量の割に高くつく。

 異様に安かった無名の業者は避け、大手の中で最安値だったところに依頼することにした。

 我が家には引っ越し屋が置いていったダンボールの束が残り、ちまちまと荷造りを開始する。


 そして準備が必要だったのは人間だけではない、自分は近所付き合いは100パーセント母任せだったが、クロマルはかなりの社交家。

 愛想がよく可愛い顔をしているので、あちこちにファンがいる。

 とにかく散歩の回数が多いので、自然と顔見知りになる犬仲間とその飼主達もいる、行きつけの病院もある。

 出発が迫ってきたので顔を合わすごとに別れの挨拶をしておく、北海道に移住しますと言うと怪訝な顔をされかねないので、仕事の関係でということにした。

 そして、かなりの餞別の品を頂いた、クロマルがだが。


 出発予定の日は、いよいよ近づいてきた。

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