第8話 裏六甲ピクニック(三)
一流のビジネスマンは時間に正確だという、そして奴も。
クロマル、6時始動。
昨夜あれだけドタバタがあったというのに、マシンのようだ。
そこらをウロウロして満足してくれればいいのだが、こんな山の中でも保護者同伴散歩必須、リードこそしないが下の広場まで往復。
戻って牛乳飲んで、カリカリをコッヘルに入れてやり完食。
こちらは焚火跡をほじくり返し残った熾火でパンを焼き、湯はEPIのガスバーナーで沸かしコーヒーを。
パンにバターを塗り、酒肴も兼ねていた6ピースパックのカマンベールチーズと交互にかじる。
半分以上パンをせしめたクロマルは満足気にあくび。
冷え込みはさほどでもなかったが、谷間のためまだ陽が射しこまず寒い。
昼には帰るので、加減しながら薪をくべ火を大きくする。
焚き火にあたり、反対向いて背中を暖め、それを何度となく繰り返した頃、ようやく太陽が光が。
日にあたっているとポカポカ暖かいソ-ラービーム最強、こうかはばつぐんだ。
そして、ようやく酔っ払いがテントから這い出してくる。
クーラーバッグから水ミネラルウォーターのペットボトルを出してラッパ飲み。
「ちょっち飲みすぎたかな」
ちょっちじゃねぇっちゅうの。
「朝メシ、食います?」
「いらん、食欲ない」
「強くもないのに飲みすぎとちがいますか」
食欲はなくともコーヒーは飲むだろうと、水を足したケトルを焚火の脇に置いておく。
ふらふらと歩いていく姿を見守っていると、繁みに向かって立小便。
戻ってきて、ミネラルウォーターの残りを飲み干す。
「もうちょい寝るわ」
再びテントに戻っていくのであった。
我々もテントに戻り寝袋に包まる、クロマルは自分の脚の上、日をあびたテント内は暖かく、再び眠りに。
自分の眠りはほぼ3時間周期、目覚めた頃はもう昼前。
テントから出ると、乙さんが焚火の前でぼーっと座っている、こちらに気づき第一声。
「腹減った」
クロマルと連れションしてから昼飯の準備にかかる。
ダッチオーブンのポトフの残りを始末することに、鍋ごと猪に蹴飛ばされたようだが、蓋が外れていなかったので無事。
タマネギとニンニクを刻み、トマト缶とともにぶち込んで火にかける。
バーナーでコッヘル大にたっぷりの湯を沸かしパスタを茹でる、時間のかからない1.4ミリの細麺。
アルデンテの少し手前あたりで湯を切ってダッチオーブンに移し、かき混ぜて少しなじませ完成。
微妙な味だが、食えないような取り合わせではない、二人で黙々と食す、クロマルにはジャーキー。
ここで乙さん、缶ビールを開ける。
「ちょっと、もう昼ですよ、運転してかえるんでしょ」
「2時間もすれば抜ける、お前も飲め」、こっちに1本投げてくる。
まあ、この程度で酔っ払うわけもなく、真っ昼間から飲酒検問もやってないだろう、プシュッ。
何するでなく昼酒飲んでぼーっとするのもキャンプの醍醐味、自分は明日も休みだからいいのだ。
それにしても昨日から様子がおかしい……。
「乙さん、なんかやさぐれてません、大丈夫ですか」
「うん、娘にさ、最近相手にしてもらえなくなってな」
「娘さんって高校生でしたっけ」
「高二」
「乙さん自分と一回り違いだから四十二ですよね、それにしては子供大きいですね」
「ん、授かり婚ってやつ」
「それ、男が言うと気持ち悪い、下手したら四十台で孫の顔が見れそう」
「そんなことになったら、相手の野郎殺す」
「自分もデキ婚だったくせに、奥さん当時何歳だったんですか」
「十九」
「犯罪一歩手前、これは因果応報くるわ」
乙さんは特別イケメンというわけではないが、背も高いし、話し上手だし、面倒見もいいし、モテたんだろうなと思う。
「思春期の娘に臭いとかキモいとか言われるのは父親あるあるだけど、何かきっかけあるんでしょ?」
「洗濯物のパンツ見て、『ムフ』とか」
「お前ネタが昭和だな、年ごまかしてるだろ」
「古典を嗜んでるだけです、今だと『みゆき』はお兄様ですから」
「アマゾンの購入履歴を見られてな、媒体は電子ばかりにしてたのに、一生の不覚」
「極悪非道JK」
「いい齢してアニメやマンガばかり買ってキモいっていわれて、嫁さんにもチクられて」
「自分の小遣いで買ってて、法に触れるものなんかないしいいじゃねぇか、18禁はあったけど」
「あー、キモいですね」
「師匠のくせに、それ言うか!」
なんでもファーストガンダムをリアルタイムで視聴していたとか自慢するくせ、最近の作品は全く知らないので少しレクチャーし何作かビデオを貸しただけ。
そこからは勝手に自分から沼へ沈んでいった、ちなみに自分はオタクというほどではなくアマンガもニメも嗜む程度だ。
聞いていると結構LOなコンテンツもあったというか多かったらしい、そりゃ汚物扱いされるわ。
いつまでもよその家庭不和のことを話題にしてもつまらないので、別の共通の話題に移る。
二人とも高校では登山部、大学時代もアウトドア系のサークルだった。
なので、世代こそ違うが趣味を同じくする者同士で自然と仲良くなった。
今回のようなキャンプは都度都度、実質同じ職場では休暇の調整が厳しかったが何度か山も行った。
道具好きなのも共通で、乙さんはプレミア物を多数所有している、自分は最近のものが大半で古いのは父の遺物が多い。
オークションで売ればちょっとした額になるはずだが、その気はなくて溜まる一方、コレクターとはそういうものか。
「昨日、ブッシュクラフト目の敵にしてましたけど、恨みでもあるんですか?」
「いや嫌いじゃないよ、ネット動画とかよく見るし、生温かい目で」
ブッシュクラフトとはソロキャンプと並び流行りのキャンプスタイルのひとつで、極力現場調達主義といえばいいのだろうか、両者が融合した感じでもある。
舞台は森林が多いので自然と木や石とロープワークでキャンプサイトサイトを整備していく、これが海だと漂着物利用でホームレスチックになる。
テントなら自分が使っているような軍幕といわれるミリタリー系、あるいはタープだけやハンモック泊等。
ザック(彼らはバックパックと呼ぶ)もミリタリー・タクティカル系、あるいはクラッシックな帆布とレザーのもの。
全般に地味なアースカラー中心で、オレンジやイエローは排除。
熱源は焚火、ライターは使わず現代の火打ち石的な発火器のファイアスチール等を使用。
明かりは灯油ランタン、加圧式でなく石油ランプといったほうが近いタイプ、最も動画配信者は撮影用にLEDの照明とか持ってると思うが。
いろいろ決まり事が多くその範囲で工夫すると、こういうところが日本人受けするのかもしれない。
「好きでやってるだけならいいけど、動画あげてる連中って底が浅いよな、誰かのマネなの見え見えだし」
「オレのバックパック装備ですって見せびらかすのはいいけど、あんな小っこいザックにかさばる幕営装備が収まりきるわけがないだろうが」
『あなたのザックの中身見せてください』って、山雑誌とかでもよくある企画で、他人の装備を見るのは楽しいし参考にもなる。
「入らないから夜逃げするみたいにパラコードの束やらガラスホヤのランタンまで外にくくりつけてるし、歩きませんて宣言しているようなもんだ、じゃあなんのためのバックパックかって」
実際、公共交通機関も使わずクルマで移動し、せいぜい駐車場からテントサイトまでってパターンが多いと思われる。
「わざわざポールやペグを木を切ったり削ったりして作るなんてナンセンスだろ、要るのがわかってるなら最初から持ってけって、こだわるならテントやタープも使うなよ」
「火を点けるのにチャッカマンがダサいんならオイルライターでも使えって」
「火口だなんだって白樺の皮とかチャークロス(炭化させた布)とか持ち歩いてバカか、現地調達がブッシュクラフトだろうが、持参するならメタでも文化たきつけでも使ってろ」
「ま、とにかく浅くて、ツッコミどころ満載、そういうところ含めて楽しんで見ているわけよ」
このヒト、口悪いな、自分も他人のことは言えないけど。
時折、終わりかけの紅葉を求め通り過ぎるハイカーから胡散臭そうな視線を浴びつつも、なんだかんだで楽しい時間は過ぎ、ビールの酔いも抜け、落ち着いた頃に絶対行くからと、別れた。
そして数ヶ月後、思わぬ形で実現する。
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