第7話 裏六甲ピクニック(二)

 テントに入ったのは22時頃、現在は1時過ぎ。

 窮屈で寝返りも打てず、マットからは半身が落ち、頭は天幕にめり込みたいそう寝苦しい。

 目が覚めたのは酒のせいで喉が渇いたのと尿意、そして外の怪しい気配。

 シエラカップ等の食器類がカタカタいう金属音、獣の息づかい、カツカツいう爪音。

 野良犬とかではない、六甲山といえばの

「シシ襲来!」

 驚くことでもなんでもなく、山裾の住宅街をうろつくこともあるくらいなので、こんな山の中なら至極当然。

 とはいえ、荷物を荒らされるのも困る、様子を見るためライト片手に入り口をめくって外を窺う。

 その時、さっきまで高いびきだったクロマルがすっと外へ出る。

 猪の牙は上下が常に擦り合わさって刃物のように切れ、それにやられる猟犬も多いと聞く、ドンくさくて戦闘力ゼロのクロマルではひとたまりもない、慌てて自分も外へ。

 お気楽犬は駐めてたクルマのタイヤのあたりに大量に放尿、そして今更ながらに猪の存在に気づく。

「ウーッ」と初めて聞く唸り声を上げるクロマル、先方も向きを変えカツカツと足を踏み鳴らし臨戦態勢。

 やばい、突っかからないように首輪を掴もうと飛び出す。

 が、その必要もなく、唸り声そのままでさっとこちらの影に隠れ盾にされる。

 相変わって猪と距離5メートル程で対峙することに、クロマルを引きずるように殆ど消えかけた焚き火を挟むように回り込み、転がっているスコップを拾いあげる。

 そう大きな個体ではないが、背は低くても胴体部は大型犬くらいはある、ライトに目がキラッと光る。


「なんだぁ」

 その時、寝ぼけた声でテントから出てきた乙さん、新たな敵の出現に猪は踵を返し闇の中へ消えていった。

 残飯を目当てでシェラカップは蹴り散らされ散乱、ダッチオーブンは重量のせいか蓋は外れずに位置ずれのみ。

 ざっと後片付けし、焚火から熾火をほじくり出して細めの薪をくべ、ケトルに水を入れ五徳に置く。

 湯が沸いたので、ほうじ茶のティーパックを入れる。

 水飲んで小便して、まだ眠そうな乙さんを自分のテントの方に押し込み、スタッフバッグに入ったままだった寝袋を広げてかけてやる。

 お茶を飲んで一息、クロマルは興奮も冷め脇で寝そべっている。

 さっきはかなり焦った、中型の猪でこの有様、ウリ坊は可愛いが成獣はヤバい。

 クロマルがヘタレで助かった、うかつになことをすれば、やられていただろう。

 先代のバディならテリトリーに侵入した外敵を排除しようと間違いなくかかっていっただろう、これは犬種の違いか性格の違いなのか。

 猪相手の大物猟犬にとって怪我は日常茶飯事、命を落とすこともある。

 連中は本能の赴くまま獣を追い立て戦い散っていって、それで本望なのかもしれない。

 だが飼い主の方はたまったもんじゃない、可愛がり育てた犬を消耗品と割り切ることができるのだろうか。

 ましてクロマルは自分にとっての唯一の家族、本当に非戦闘型でよかった。


 これから向かう北海道に猪はいない、海を渡れないからだけではなく、短足のせいで本州でも雪深い地域では生息できないらしい。

 新居の周囲にいるのはエゾシカにキタキツネ、そしてヒグマ。

 さっきのがヒグマだったら……、ちゃんとした武器がほしいな。

 野生の獣に対し、牙も爪もなく筋力や敏捷性にも劣り、空も飛べない人間はあまりにも無力。


 現実にクマに遭遇するのは、まだしばらく先のこと。

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