第50話 パーティー開始!
「おー! かなり広い会場なんだな」
会場となるホテルの中に東野と並んで入った俺は、その余りの広さに驚き以外の感情をなくしていた。
会場に設置された二つの長テーブルの上には豪華な食事が並んでおり、ドリンクを配膳するウェイトレスの姿も見える。
そして、会場の中央付近には、ラノベ作家であろう五十名ほどの老若男女が楽しそうに談笑している姿が確認できる。
まるで創作の中の世界だったが、ほとんどの人はラフな格好をしており、おろしたての黒のスーツを着た俺は少し浮いているようにも見える。
「まあ、私が主催したパーティーだもの。当たり前よ。っていうか、何でタナカがその招待状を持ってるのよ? それは私お手製の世界に五十枚しかないものなのよ?」
隣にいた東野は自慢げな口調で胸を張ったかと思いきや、すぐにじっと目を細めた。俺が右手に持つ一枚の紙切れを怪しげな目で見ている。
「まあ、すぐにわかる。それより、パーティーはもうすぐ始まるんだよな?」
「本当はまだ時間があるけど、もう人はある程度揃ってるし始まると思うわ」
東野は俺が綺麗に話を逸らしたことに対して何の疑問を持たなかったのか、ごく普通の様子で腕時計を眺めていた。
「そうか。ん? おっ、もう始まるのか」
会場中を照らす明かりがバッと一気に暗転された。
そのわずか数秒後に、映画館を彷彿とさせるような薄暗い明かりが会場中に灯され、入り口の真反対にある巨大なステージが強い光を放った。
「……なんか緊張して喉が渇いてきたな。別に俺が主役なわけじゃないのに不思議な気分だ。今回のパーティーは俺が無職から脱却するためのスタートラインなのかもしれないな」
「静かにしなさいよね。アンタがなんでここにいるかはこの際置いておくから、私のパーティーの邪魔だけはしないことね」
「はいはい」
俺が一人で喋りながら心臓のあたりに手をやっていると、東野がツンとした口調で咎めてきた。
同時に、舞台袖から恰幅の良い白髪の初老の男性が登場した。
初老の男性は高級な革靴特有のコツコツとした小気味良い音を鳴らしながら、ステージ中央に設置されたスタンドマイクの前に歩いていく。
「えー、皆さま。本日はお集まりいただきありがとうございます。ワタクシは日本小説協会ライトノベル部門の副代表である
初老の男性は話し始める前に一つ浅い礼をすると、胸元から取り出した白い紙を広げて、それをつらつらと読み始めた。
どうやら、この人は結構な大物だったらしい。俺は日本小説協会について何も知らないが、肩書だけ見ると相当な地位や権力を持っていそうだ。
「さて、挨拶はこの辺りにして、皆さまも夏の日差しに心身が疲弊していることですし、早速ですが乾杯の音頭をとらせていただきます。では、ドリンクの注がれたグラスの準備はよろしいですかな?」
その言葉に皆が手に持つグラスをクイっと軽く上にあげた。
「やべ、グラスがねぇぞ……」
かくいう俺も右手を天にあげようとしたが、その手には何も持っていなかった。
どうやら貰いそびれたようだ。少し早めに来たとはいえ、来た順番で言えばおそらく最後だろう。
「どうしよう。あ、東野は……なんでしっかり手に持ってんだよ」
俺と話をしていた東野はグラスを持っていないと思い、俺は斜め後ろ辺りにいた東野の方へ向くと、東野はしっかりと右手でグラスを持っていた。
そして、目を見開いた俺のことを見て、東野は「ふん」と鼻で馬鹿にするように嘲笑った。
「それでは参ります! 下は十五歳、上は六十五歳と、様々な年齢層の方々がいらっしゃいますが、いちラノベ作家として交友を深めていただければ嬉しく思います! 中には用事が入って参加できなかった者も約一名ほどいますが、何はともあれパーティーを開催しましょう……乾杯っ!」
初老の男性が高めのテンションで乾杯の音頭を取ると、途端に初老の男性の背後にあった赤い幕が開かれた。
なんとそこには、十五人ほどで構成されたオーケストラがいて、指揮者の女性が礼をするのと同時に明かりが点灯し、オーケストラは会話を妨げないほどの声量の美しい音楽を奏で始めた。
俺は何も手にしていない右手を上に突き出してしまったが、これだけ人が多いので別にバレていないだろう。
特に気にすることはなさそうだ。
「東野、少し話でも……って、もうどっか行ったのかよ……」
何はともあれ、パーティーが始まったので、俺は斜め後ろ辺りにいる東野に声をかけたのだが、既にそこには東野の姿はなかった。
ブンゴージェイケーは多忙なので、挨拶回りにでも行ったのだろう。
こんなだだっ広い会場で一人でいるなんて寂しいので、愛梨さんのことを探すとしよう。妹さんのことについての報告は、【A-Style】のライブが終わると同時に済ませてあるので、後は話を詰めていくだけだ。
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