第49話 ブンゴージェイケー久しぶり
「……うまい」
俺は赤色のストローに口をつけて、長細いグラスに注がれたレモンティーで喉を潤した。
量の割に値段はそこそこしたが、都心のカフェということで味は申し分ない。店の雰囲気もかなり良く、訪れる客も現実な雰囲気を見に纏っていて、非常に俺の好みだ。
また、すぐ側にパーティー会場となるホテルがあるので、待ち時間を潰すのに最適な立地だ。
「お、気がついたら後三十分で時間か」
ふとテーブルの上に置かれていたスマホに目をやると、時刻は既にパーティー開催まで残り三十分というところになっていた。
誰が主催したものかなどの具体的な概要は知らないが、せっかく招待してくれたパーティーなので、遅刻するわけにはいかない。少し早いがカフェを後にすることにしよう。
「ふぅ……」
俺がそんなことを考えながら、テーブルにあるスマホを手にしたその時。背後からトントンと軽い力で肩を叩かれた。
「——あら、タナカじゃない。こんなところで何してるのよ?」
「おお、ブンゴージェイケーa.k.a東野朱莉じゃないか」
ゆっくりと振り向くと、そこには不思議そうな顔で俺のことを見下ろす銀髪の女性がいた。
彼女の名前は東野朱莉。俺の隣の部屋に住む大物小説家だ。
「何よその呼び方。久しぶりに会ったからって、いやに他人行儀なのね?」
東野は悪びれもなく俺の隣の椅子に腰を下ろすと、横目で俺のことを睨みつけてきた。
どうやら癪に触ったらしい。
「悪い悪い。で、東野こそどうしてこんなところに?」
「うまく話を逸らされたけどまあいいわ。私はこれから私が主催した私のためのパーティーに顔を出すのよ。早く着いちゃったから今さっきカフェに入ってきたわけ。まさかこんなところでアンタの辛気臭い顔を見ることになるなんて思わなかったわよ」
適当な受け答えをした俺のことを咎めつつも、東野は嬉々とした表情を浮かべながら早口で言葉を捲し立てていった。
しかし、俺の頭はある一つの単語に疑念を持っていた。
「……パーティーか?」
東野は確かにパーティーと言った。そして、私主催とも……。
俺はすっかり忘れていた。東野、いや、ブンゴージェイケーが俺のライバルだということを。
「そうよ? タナカは無職でしょうし知らないでしょうけど、私みたいな売れっ子小説家になると出版記念パーティーを催すことも可能なのよ。どう? 凄いでしょ? だから、今日は三十人近くのラノベ作家と対面するってわけよ」
「そうだな……凄いな」
東野は自慢げな堂々とした口ぶりで話を進めた。
俺の反応なんて気にしていない様子だったので、俺はまたもや端的な返事でやり過ごした。
頭の中ではもう答えが出ていたので、これ以上聞く必要はないと判断したからだ。
「うんうん。でも今日はそんなことはどうでもいいの。私が会いたいのは『デモドリ勇者』っていう新進気鋭の天才なんだから! 場面の描写から人物の心情、白熱する戦闘シーンの数々! 将来はグッズ化とアニメ化は間違いなしね! 私の小説だってめちゃくちゃ凄いけど、その人の小節はレベルが違うわね。はぁ……今日はお会いできるかなぁ……」
東野は首を横に数回振ると、途端に強気かつ大胆な口調で俺に詰め寄ってきた。
恋する乙女のような顔つきと早口の速度は、もう完璧な厄介オタクだと言える。必死さが凄いのだ。
というか、『デモドリ勇者』に会いたいと言っているが、その人は君の目の前にいるんだけどな……。
がっかりさせては困るので、ネタバラシは自然な形で行ったほうが良さそうだ。
「行くか」
「これから行くって何か用事でもあるの?」
「ああ。実はあそこのホテルで仕事があるんだ」
席から立ち上がった俺は、肩下げのカバンから財布を取り出しながらレジへ歩き出した。
俺にとってはパーティーも仕事の一つだ。言っていることは間違っていない。きっちりとおろしたてのスーツも着てきたし、疑われることはまずないだろう。
「ふーん。それなら一緒に行きましょう? なんの仕事か知らないけど、もしもウェイトレスとかなら私に最高級の食事を用意しなさいよね」
「……650円か。ごちそうさまでした」
俺は胸を張って偉そうにしている東野を無視して、ぱぱっと会計を済ませた。
「あ、ごちそうさまでした……って! 無視しないでよ!」
東野は何も注文していないはずなのに、俺につられて律儀に店員に挨拶をした。
口調こそ荒めでツンケンしているが、やはり本質は真面目なのだろう。格好に関しても、グリーンのハイウエストスカートに真白いロンTと、かなり落ち着きがある。
俺はそんな東野のことをチラリと一瞥しながら、初夏の太陽を見ながらフッと息を吐いた。
「……はぁ、もういいわよ。今日は私の気分も外の天気も良いから許してあげる。さあ、行くわよ」
「はいはい」
東野は呆れた様子で先んじて歩き始めたので、俺は駆け足でその後を追った。
ホテルは目と鼻の先だ。雑談を交えながら一緒に行くほどの距離でもないが、別に気にすることでもないだろう。
たとえ無言の空間になったとしても、一人で歩くよりは二人で歩いたほうが心意気がまるで違う。
一人で行動し続ける寂しさは、異世界で暮らした五年間で死にたくなるほど痛感させられた。
周りに人がいるのは幸運なことだ。文句を垂れるべきではないのだろう。
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