第48話 さあ、本気を出すとしよう!

「朝六時。挑戦すること今日で数十回目。今日こそは焦がすことなく完成させて見せよう。さあ、始めるぞ!」


 俺はリビングを見渡せる広々としたキッチンに立ち、左手に握る二つの卵と火にかけられたフライパンに目をやった。


「まずは油をひいたフライパンの上に、殻を混入させないように卵を割り入れる! それから中火にしてフライパンに蓋をする! 後は、その時が来るのを待つだけだ……」


 俺はニヤリと笑って格好つけながら、序盤に必要な繊細な作業を的確かつ迅速にこなした。

 後は待つだけ。俺は卵の殻をゴミ袋に入れて腕を組み、スッと目を閉じた。

 大切なのは火の強さと火を止めるタイミング。

 そして、絶妙な味付けだ。

 これまで何度も慣れない作業に勤しんできたが、いくら要領が良くて魔法が使えても、これらの才能に関しては一切ないのか、俺は毎度失敗を繰り返してきた。

 だが、それも今日で終わりだ。数多の失敗を繰り返してきた俺は、今日こそは絶対に成功させるからだ。


「ッ! 三十秒経過! 蓋が湯気で白く曇り始めてきた。ネメフィは柔らか目が好みだから、あとは余熱で十分だ」


 壁掛け時計の秒針の音を頼りに時間の経過を測っていた俺は、カッと目を見開き、真白い湯気で曇ったフライパンを一瞥し、それからすぐに火を止めた。

 卵はジュゥゥゥゥという香ばしい音で熱せられていたが、俺が火を止めたことで次第に落ち着きを取り戻していく。


「……今っ!」


 刹那。俺はフライパンの蓋を右手で瞬時に取り払い、流れるような動作で左手で市販の塩胡椒を手にした。


「朝の胃に優しいように塩胡椒は少なめで……!」


 フライパンの中央に輝く真珠の上から、俺は人差し指を器用に使いながら、塩胡椒をトントンと振りかけていく。

 一寸の穢れもない真白いベールに囲われた黄色い真珠は、俺が振りかけた最高のスパイスに彩られることで、これまで以上の輝きを放っていた。


「よし」


 俺は手に持っていたフライパンの蓋と塩胡椒を所定の位置に戻し、腰元にあるキッチン用具入れから大きめのヘラを取り出した。

 これでようやく準備は整った。一分少々にも及んだ戦いもこれまでだ。

 最後の工程に取り掛かるとしよう。


「奴隷の女の子を扱うよりも慎重に。尚且つ、自爆行動に出たモンスターを倒すよりも迅速に……」


 俺はまるで難敵と対峙した時のように心臓を跳ねさせながらも、ジュゥジュゥと音を立てるフライパンと今も尚輝き続ける真珠の間に、右手に持つヘラを丁寧に入れ込んだ。

 

「後は慎重に滑らせるように皿に乗せるだけ……だッ! っしゃぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 至極丁寧に真白い皿の上に真珠を乗せることに成功した俺は、フライパンとヘラを持った手で両手を天に突き挙げていた。

 初めて成功させた喜びと高揚感が素直に態度に現れたのだ。


「ふわぁぁ……ん……ニール、何やってるの?」


「見てくれ、ネメフィ! いつも不完全な目玉焼きしか作れなかったのに、今日は初めて大成功したんだ! どうだ?」


 数秒の間喜びを噛み締めていると、ネメフィがあくびをしながらリビングに現れたので、俺は手に持っていたものをシンクを置いてから、目玉焼きが乗せられた真白い皿を、ドヤ顔でネメフィに見せつけた。


「う、うん! 凄いね! でも、昨日の夜言ったでしょ? 明日の朝は早いからいらないよって……」


 しかし、ネメフィの一言で俺の意識は一気に覚醒させられた。

 確かに昨日の夜の就寝前にネメフィはそう言っていた。何やら学芸会があるとか何とかで、朝早くから歌や演技の練習をするらしい。

 そんなようなことを薄らとだけ記憶していた俺は、朝六時に目が覚めてから、日頃の癖で気がついたらキッチンに立っていたのだ。

 完璧超人の俺らしくないなんたる失態だろうか。


「覚えていたんだが、あの時は作業をしていたからすっかり抜け落ちていたよ」


 昨晩は部屋に篭って、小説の発売日である今日この日に向けて、愛梨さんとやりとりをしていた。

 そのため、ネメフィの言葉があまり記憶に残っていなかったのだ。


「ふぅーん、女の人と話してたもんねー? 最近は随分とお忙しいことで。あなたがどのようなお仕事をしているかは知りませんが、わたくしの目は誤魔化せませんよ」


「イヤに憎たらしい言い方だが、それは流行りのドラマに出てくるお局女の真似か?」


 おそらく、今流行りのドラマの人物のモノマネだろう。CMからドラマ、バラエティまで引っ張りだこな有名女優が月9でやっているということもあって、ネメフィもテレビでチェックしているようだ。


「うんっ! あの人すっごく綺麗だから顔も名前も覚えちゃった」


 ネメフィは笑顔で頷いた。

 有名女優の名前……俺は覚えていないが、顔は頭に思い浮かんでいる。


「それは良かった。ところで、時間は大丈夫なのか? こんな時間に起きたってことは急いでいるんだろう?」


「あぁっ! 七時に詩子ちゃんと待ち合わせしてるから、着替えて顔洗ったらすぐ行く! それまでにランドセルに教科書とか入れといて!」


 俺が壁掛け時計に指を差すと、ネメフィは俺に命令をしながらドタバタと自室に向かって走っていった。


「はいはい」


 俺はネメフィの命令を守り、リビングに転がるランドセルの中に、その周囲に散乱する教科書を次々といれていった。時間割は全て暗記しているので、とても簡単な作業だ。


「……」


 ネメフィが出発したら、食事をとるとしよう。

 それから昼頃を目掛けて愛梨さんのところに顔を出すか。なんでも、各出版社が協力して、本日、五月の第二月曜が初版のラノベ作家数名を呼んだパーティーを計画してくれているらしい。

 どのようなメンツがいるからはまだわからないが、中々のグレードのホテルで昼から夜まで行われるみたいなので、結構楽しみである。

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