第47話 閉幕のA

「今日は本当にありがとう。みんなはもう知ってると思うけど、私たちは今日付で事務所を辞めて、無期限の活動休止になっちゃうの。それでも……ずーっと、私たちのファンでいてくれますか?」


 二時間弱にまで及んだライブも遂に終わりを迎えた。

 セナちゃんは息を上げながら懸命に言葉を紡ぐと、最後には両の瞳から一筋の涙を流していた。

 同時に観衆の男たちが、思い思いの温かい言葉をステージへ向かって投げかける。


「サヤも最後くらいマイクで話そ?」


「……うん。みんな、ありがとう。今日のライブは大成功だった。また、いつか……ね?」


 セナちゃんからのパスを受け取ったサヤちゃんは、儚げな表情を浮かべながらぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。


「サヤ……そんなに寂しいこと言わないでよ。私たちは幼馴染でしょ? たとえ【A-Style】としての活動が叶わなくても、まだまだやれることはたくさんあるよ。だから、今日は終わりじゃなくて始まりなの」


 セナちゃんはサヤちゃんの手をギュッと握ると、涙混じりの笑みを浮かべていた。

 この二人のやり取りだけで何か重大な事柄がわかったわけではないが、一つだけ言えることがある。


「二人とも、悲しそうだし寂しそうだな……」


 俺は観衆の最後尾から数メートル離れた位置でその光景を見ていた。

 結局、最後までどちらが西園寺さんの妹なのかはわからなかったが、二人とも体調に問題がないことだけはわかったので、今回の目的は達成したことになる。

 しかし、それ以上にこの重苦しく緊張感のある空気だけは、俺に杞憂に似た邪推をさせていた。


「また、二人で、ライブしたいね……」


「うん。絶対にしようね。二人でアイドルになるって決めたんだもん。当たり前だよ」


 クールで口数の少ないサヤちゃんの言葉に、セナちゃんは満面の笑みで応えた。

 そして、二人はじっと目を見つめ合った後に、しっとりした雰囲気に包まれているステージの下の観衆に向き直った。


「まだ【A-Style】は終わりません! いつか、またいつか、私たちは絶対に戻ってきます! その日まで待っていてください! 今日は本当にありがとうございました!」


「みんな、本当に……ありがとうだよ」


 二人は手を繋いだまま綺麗なお辞儀を見せると、それから一瞬の静寂が訪れたが、すぐに観衆の男たちは今日イチの歓声で答えた。

 その歓声が大きくなり、やがてクライマックスになろうかというところでステージは暗転し、ライブハウスに走っていた緊張感は途端に解けたのだった。


「いやぁ、サイコーのライブだったなぁ」

「うんうん。まだまだ見ていたいよ」


 観衆の男たちがやり切ったと言った顔で会話をしていることから、これにてライブは無事に閉幕したらしい。


「でも、もう、多分……終わりだもんなぁ」

「そうだなー。高校生アイドルって銘打って事務所に入って活動してたけど、アングラのまま終わっちゃったし、事実上の解散って感じになっちまうのかなぁ……。俺ァ悲しいぜぇ!」


 が、しかし、そんな明るい話と表情から一転して、男たちは涙ぐんだ声で悲観的な話に突入した。

 彼女たち【A-Style】は活動休止とは言っていたものの、熱烈なファンである彼らの話によれば、【A-Style】は事実上の解散ということになるらしい。

 また戻ってくるとは言っていたが、あのしんみりとした空気からしてそう容易いことではないのだろう。

 色々と気になることもあったが、今はその事実さえ聞ければ十分なので、俺は早々にライブハウスを後にすることにした。


「解散か。傷心中の彼女たちには悪いが、ここは利用させてもらうか」


 俺はカバンから取り出したスマホを操作し、ある人にある内容のメッセージを送信した。

 日時は近々と曖昧なものだが、きっと彼女ならうまく斡旋してくれるはずだ。


「兄ちゃん。バイトだか何だか知らないけど、釣り銭くらい目を見て渡してくれないか? それと接客中くらいスマホをいじるのを辞めたらどうだ?」


「はぁ? お客様は神様ってかぁ? こっちは金さえ貰えればいいんだよ。接客の質なんてどうでもいいわけ、わかる?」


 出入り口の扉をくぐり、螺旋階段を上り始めた俺の背後から、受付の大学生の男と客のおじさんが、態度やマナー、モラルなどについての話で揉めているような声が聞こえるが、俺には関係ない。

 今日は家に帰って、ジュリアスと打ち合わせをしながらホームページの作成に取り掛からなければならないからだ。


「何かあったとしても大勢の目撃者がいるだろうし、特に問題はなさそうだな。この辺りに人は……いなさそうだな」


 俺は螺旋階段を上りきってからすぐさま気配を全て消し、防犯カメラがないことと、辺りに人気がないことを視線を動かして確認した。


「来週は小説の発売日だから、遅くても再来週には話をできると嬉しいな。まあ、そこはあっちの都合に合わせるか。テレポート」


 俺は考え事をしながらも、入念に人気がないことを確認してから、転移魔法を発動させた。

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