第38話 菓子とジュースと未使用グラス

「えぇーっと……確かアイツは京東大学の法学部に行ってたよな。番号は……っと、おお! よしよし、掛けてみるか」


 ベッドで大の字に寝転がりながら、スマホを操作すること数分。

 俺はようやく目当ての連絡先を発見した。


「……お、もしもし。高校の同級生の田中ニールだ。久しぶりだな」


『ニール!? おいおい、オマエ一年前の同窓会にも顔出してねぇし、誰が連絡しても繋がらなかったし、一体どこいってたんだ?』


 相も変わらず、テレビで声にモザイクをかけられた犯罪者のようなこもった声をしていた。

 高校卒業以来会えていなかったが、その特徴的な声は忘れることはない。


「まあまあ、そんなこといいじゃねぇか。それより折り入って相談があるんだけどよ。ジュリアスは京東大学の法学部に行ってたよな? 起業したいんだが、少し手伝ってもらえたりするか?」


 ジュリアスこと山田樹理亜寿やまだじゅりあすは、何を隠そう日本トップレベルの大学に首席で入学した頭脳の持ち主だ。

 初見じゃ100%読めないキラキラネームなのが玉にキズだが、性格も温厚で努力家、さらには仲間思いと、神が一物どころか何物も与えてしまった天才だ。


『起業に関しては余裕で可能だ。それにしても珍しいな。勉強嫌いのオマエが起業について聞いてくるなんて。ちなみに、起業したいのは何系の会社だ?』


「音楽事務所だな。芸能プロダクションって言った方がいいか?」


 音楽事務所だと少し門が狭い気がするので、芸能プロダクションとしておこう。


『それは中々ビッグな挑戦になるな。立ち上げる時期と軍資金を教えてくれ。友達料金として諸経費はそこから少しいただいておく』


 ジュリアスは話を理解するスピードが速く、さらにそのテンポ良い。話していて疲れないしサクサクと進む。せっかちで常に何かをしていたい俺からすれば、絶好の相手というわけだ。


「時期は来月の中頃で軍資金は10,000,000円で頼む。可能か?」


 今俺が出せる金はこれが限界だ。生活水準も少しずつ上がってきたし、近いうちにこれまでに消費した分以上の金を稼いでおきたいところだ。


『楽勝だ、任せておけ。金の話とかの細かい話はまた今度メールで話そう。ところで——あぁ、すまん。客が来た。またな』


 ジュリアスは俺に何かを聞こうとしていたようだ。しかし、突然の来客の対応に追われて、電話をブツ切りをした。

 まあ、友達だし特に気にはしない。


「よし。後は待つだけか。事務所の立ち上げが決まったら、トミーに連絡を入れてみるか。ん? おっ、こっちも来客か」


 スマホを柔らかなベッドに放り投げると同時に、伸びのいい音のインターホンが部屋に響いた。


「ネメフィと……誰だ。隣に同じくらいの背丈の女の子が一人いるな」


 気配を探り確認してみると、施錠された扉の前には、ネメフィの他にもう一人女の子がいた。

 おおよその背丈はネメフィと同じくらいなので、初の友達だろうか。

 正直、俺とネメフィが同居しているきちんとした理由は用意していないので、いきなり来るのは勘弁して欲しいのだが、相手は小学四年生の子供だし何とかするしかないな。


「おかえり。お? ネメフィ、お友達か?」


 俺は鍵を開錠してチェーンを外し、二人のことを中に入れながらネメフィに聞いた。


「うん。詩子ちゃんっていうの。僕の隣の席なんだ」


「よ、よろしくです! 奏詩子かなでうたこって言います……。お兄さんはネメフィちゃんのお兄さんですか?」


 黒髪ツインテールの詩子ちゃんは、ペコリと深くて俊敏なお辞儀をすると、おずおずとしながら俺に確認をしてきた。

 ランドセルを背負っていることから、学校帰りにまっすぐ来たのだろう。


「んー。まあ、そんなところかな。まっ、詳しい話は中でしようよ。二人とも手洗ったらリビングにおいで。お菓子とジュース用意してるから」


 二人は「はぁーーい」と手を上げて元気な返事をすると、ドタドタと洗面所へ走っていった。

 その間、俺は糖類補給のために保管していた数々のお菓子をマジックボックスから、数種類のジュースを冷蔵庫の最上段から取り出して、バーゲンセールかのように全てをテーブル上に並べた。

 最後に食器棚から取り出した未使用のグラスに、ジュースを注げば完成だ。


「あぁ! ニール、どこにそんなお菓子隠してたのさ! 僕が食べたい時はいつも出してくれないくせにー」


 ネメフィはリスのようにほっぺたを膨らませていた。

 背後から遅れてやってきた詩子ちゃんが、そんなネメフィの姿を見て苦笑していた。

 どういうわけか、近頃ネメフィが年相応の言葉遣いや態度になってきている気がする。魔王だということを忘れてしまいそうだ。


「まあまあ、落ち着け。俺はネメフィがいつか友達を連れてくるんじゃないかと考えた上で、お菓子とジュースを隠していたんだ。それより、ジュースが温くなってしまう前に、いただくとしよう。さあ、席について」


 迷惑かとも思ったが、俺は同席することにした。

 日本に来てまだ日が浅いネメフィに初めて出来た友達が、どのような子なのか知りたかったからだ。

 まあ、おっとりとした雰囲気や裏表のなさそうな態度からして、性悪な女の子ということはないだろうし、特に危険視はしていない。


「かんぱぁーい」


「「かんぱーい!」」


 俺がグラスを掲げて、雑すぎる乾杯の音頭を取ると、二人はかなり高いテンションでのってきてくれた。

 そして、三人一緒にグラスに口をつけて、注がれた100%オレンジジュースで喉を潤した。


「ふぅ……やっぱり真夏はジュースに限るな」


「だねー」


「私もそう思いますー」


 嘆息した俺の言葉に二人は、何も考えていないような口ぶりで同調した。


「ところで、ネメフィ。初めての学校はどうだった? その様子だと楽しかったんだろ?」


 俺は指でポテチを摘みながら聞いた。


「うんっ! すっごく楽しかったし、ニールが先週やった勉強の時間に教えてくれたところも全部わかったよ!」


「そりゃあ良かった。詩子ちゃんもありがとう。こいつは日本に来たばかりで知らないことも多いから、これからも仲良くしてやってくれると嬉しいな」


 俺は嬉しそうに話すネメフィの頭をわしゃわしゃと撫でながら、詩子ちゃんに微笑みかけた。

 ネメフィは同年代の子よりも達観しており、少し気難しい性格なので、友達ができて本当に良かった。


「は、はい! 当然です! 隣の席ですし、私も父のお仕事の都合で転校してきたばかりだったので、これからも友達でいてほしいです!」


「そう言ってくれると嬉しいね。俺はこれからやることがあるから、失礼する。二人とも仲良くな。冷蔵庫の下の段にケーキがあるから、好きに食べてくれ」


 詩子ちゃんは疑ってしまうのが申し訳ないほど善良な子だったので、俺は早急に席を外すことにした。

 ジュースの注がれたグラスを持って、部屋に向かう。

 やることがあると言ったものの本当は特にないので、若干鈍ってしまった魔法の感覚を取り戻すために、なんとなく重力魔法を操る練習をすることにした。


「重力魔法は苦手なんだよな」


 両手で抱けるほどのサイズ感のクッションを、宙に浮かせたり、地面を這わせたり、指先の動きのみで変形させてみたり、様々なことを試してみる。

 本気を出せば人をグチャグチャに潰すことも可能だが、重力魔法は中々魔力の消費が激しいので、対人戦には向いていない。むしろ何に向いているかわからない。


「あ、あの……トイレは……え?」


 気配に気がついて振り返った時には時既に遅し。

 詩子ちゃんは口をあんぐりと開いて、宙にふわふわと浮き上がるクッションに指を刺して驚いていた。


「え……あ、詩子ちゃん」


 俺は誤魔化しの言葉を探すが、こんな時に限って脳が柔軟に働かない。


「お兄さん……マジックできるの!?」


「よし……ああ! そうだよ。お兄さんはマジックが特に何だ。トイレは玄関の方にあるから、早く行っておいで。マジックはその後見せてあげよう!」


「う、うん! いってきます!」


「いってらっしゃい」


 俺は子供の柔軟な脳によって生み出された勘違いを利用することにした。

 許せ。詩子ちゃん。トイレとは真逆の方向に来てしまった君が悪いんだ。

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