第31話 脅威の集英組
「——で、田中さん。三十分遅れだけど何か用? それとその子は誰かしら? もしかして……そういう趣味だったり……?」
目の前の席に座る西園寺がキッと鋭く目を細めた。
その目は手首の時計と俺の顔、そして俺の隣の席でオレンジジュースとパンケーキを味わっているネメフィを捉えていた。
「遅れたのは本当に申し訳ないが、俺にそういう趣味はないからそこだけは訂正させてくれ。ネメフィ。自己紹介を頼む」
俺は頬をリスのようにパンパンに膨らましている金髪幼女に目をやった。
「……んぐっ……ぷはぁっ! 僕はコカフォルクラン・ネ・メフィストステン! 勇者からの慈悲を受けて生きながらえた魔族の王である! ひれふすがいい! 人間!」
ネメフィはオレンジジュースを口に含んで一気にパンケーキを胃の中に流し込むと、椅子の上に土足で立ち上がって西園寺さんに向かってビシッと指を差した。
そして、もちろん店内にいる人々視線は、マナーやモラルを度外視したネメフィに集まり、一瞬で空気が凍りついた。
一人称こそ変わったが、まだまだ魔王だという心は抜けきっていないようだ。これは中々面倒くさくなったな……。
「はぁぁ……おい、ネメフィ」
「え? ど、どうしたの? そんなに怖い顔して……? あ! もしかしてニールもこれ食べたかったの? ダ、ダメだよ! これは僕のだからね! 絶対にあげないんだから!」
ネメフィは俺が横目で睨みつけていたことに気がつきはしたが、その真意を理解することはできなかったようだ。すぐに焦った様子で席に座り直すと、欲張りな目を作りながら再びパンケーキにナイフとフォークを立て始めた。
「ねぇ、田中さん。少し、いえ、かなり性格が変わってるみたいだけど……この子とはどういう関係なの? 髪色が一緒だし、親戚だったりするのかしら?」
西園寺さんはネメフィをチラリと見ながらも、申し訳なさそうな口調で引き気味に言った。
「あ、ああ。髪色を見てわかる通りネメフィは遠い親戚なんだ。あっちで親を亡くしたから俺が引き取って、今は一緒に暮らしているんだ。少し日本に憧れがありすぎて突飛な発言をするけどあまり触れないでくれると助かる。彼女は彼女なりに祖国で大変なことがあったんだ」
俺は適当なそれっぽい言い訳を並べた。
祖国やら親戚やら俺からすれば訳がわからないが、西園寺さんからすれば信じるに値する情報だろう。
「わかったわ。それじゃあ、本題に入りましょうか。田中さん、今日はこんなところに呼び出してどうしたの? ちょうど私からも話があったから良かったけど、田中さんの話は仕事に関することかしら?」
「そうだ。書籍化作業の進み具合について聞いておきたくてな」
本当は用事なんて全くなかった。なぜなら、店の前でネメフィから話を聞いたことで問題が全てが解決していたからだ。
「あら、奇遇ね。私もその話をしようと思っていたのよ。実は編集長が少し前まで病気で自宅療養してたんだけど、最近復帰したのよね。それで、なぜか編集長が療養する前よりも何倍も何十倍も元気になってて、そのおかげもあってか、田中さんの小説は最速で七月の第二月曜日には出版することができるわね」
「おお、それはすごいな。なら出版は来月で決まりって感じか?」
俺は汚れたネメフィの口の周りを紙ナプキンで拭きながら言った。
七月の第二月曜っていうと、今からちょうど一ヶ月くらいか。
作業に入ってから三ヶ月も経たずに出版できるとは思ってもいなかったな。
それに、編集長の記憶は完全に改竄されてるし、回復魔法をかけたおかげか持病や生活習慣病も一気に治ったみたいだ。今じゃぁ、朝の健康番組で堂々とレギュラーを張れるくらいには元気なのだろう。
我ながら良いことをしたものだ。
「……それが、少し問題があるのよね。これを見てちょうだい。このページは来月の各出版社の刊行予定小説の一覧よ」
西園寺さんはノートパソコンを俺に向けると、何やら黒々しい文字列が並んだ画面を見せてきた。
「ん? 集英組って、ドローライトよりも規模がでかい出版社だよな。まさか……?」
西園寺さんが指を差していたのは、来月刊行される『アサシンは突然に~暗闇に潜む暗殺者は異世界をチートで無双する~』という作品だった。
出版社は日本でトップに君臨する集英組。何十年も前から出版業界を支えている大企業で、集英組の活動範囲はラノベだけにとどまらず、人気漫画や文学作品、推理や恋愛というような幅広いジャンルを深く展開しており、誰でも知っているほどの実写ドラマや映画を量産しているのだ。
「そのまさかよ。最速で出版しちゃうと七月の第二月曜……ってことは、この作品と完全に日時が被っちゃうのよ。この作品は暗殺チートって略されるんだけど、実は去年集英組が開催した新人賞で大賞をとった作品なの。それも圧倒的なまでのクオリティでね。文才や表現、ストーリー性、その全てで田中さんが勝っていると私は断言できるけど、やっぱり集英組が一番に推してるだけあって売れ行きは少し凹むでしょうね」
西園寺さんは言い終えると同時に、「でも、最終的な判断は田中さんに任せるわ」とだけ言って冷めた紅茶に口をつけた。
それにしても、暗殺チートは新人賞で大賞をとった作品か……。俺みたいな半端なコネなどではなく完全な実力ということだろうな。
「それでも俺は集英組と勝負をしたい」
実は俺は暗殺チートをWebサイトで読んだことがあるので、その面白さは十分わかっているつもりだ。
しかし、それよりも俺の小説の方が面白いことも十分わかっている。
「わかったわ。編集長にはそう伝えておくわね。それと、もう一つ聞きたいことがあったんだけど、私、田中さんに変なメッセージ送っちゃったみたいなの。編集長の顔写真とか詳しいプロフィールとか……何か知ってたりする?」
「いや、知らないな。というよりそれを聞きたいのは俺の方だ。いきなり見知らぬおっさんの画像が来てびっくりしたからな。少し疲れていたんじゃないのか? 今日は休みなのに呼び出して悪かったな。今日はもう家に帰ってゆっくり休むと良い」
西園寺さんはスマホと睨めっこをしながら聞いてきたが、俺は無難な言葉を用いてとぼけることにした。
スマホの中身については流石に魔法でいじることができないので、嘘がバレないようにうまくとぼけるしかないのだ。
「ええ、そうね。変な着信履歴もあるし電話もあるし、少し仕事が立て込んでたから疲れてたのね。お会計は済ませておくから、また何かあったら連絡してね」
「ん? ああ、悪いな」
西園寺さんは喧騒に包まれる店内から日光が差し込む店外へ出ていった。
本来は遅刻した挙句無駄な注文をしてしまった俺が払うべきなのだろうが、西園寺さんがそそくさと立ち去ってしまったのでそれは叶わなかった。また今度食事をする時は俺が奢るとしよう。
「……ぷはぁっ……おいしかったぁ……幸せだよぉー」
「はいはい。そりゃあよかったな。寛いでるところ悪いが、もう帰るぞ」
俺は膨れた腹をぽんぽんと叩くネメフィを連れて外へ出た。
家に帰っても特にやることはないが、こんなクソ暑いのに外にいる必要もないので帰ることにしたのだ。
ネメフィが少し苦しそうなので、魔力で全身を覆ってゆっくりと歩くとしよう。
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