第30話 真実と疑念
「俺は西園寺さんのところに行くだけだから、ネメフィは別についてこなくても良かったんだぞ? 初夏の太陽は異世界よりも暑いし、クーラーがガンガン効いてるマンションのほうが楽だからな」
天気は快晴。六月に入ったこともあって、気温は相当なものになっていた。立ち並ぶビル群や人の多さによって、暑苦しいったらありゃしない。
ネメフィは確かに異世界の魔王ではあるが、今は魔力を一切持っていないことから、以前は生まれつき備え付けられていた環境への耐性やその他諸々のチート能力を今は全て失っている。つまり、地球にいる以上はただの幼女というわけだ。
「せっかくだからついてくっ! 家にいても暇だし、勇者の身辺調査も魔王の役目だしね」
「よく分からないが分かった。ただし、あまり無駄なことは喋るなよ? この世界のお前は俺の親戚の外国人の女の子だ。幸い髪色も似ているし、バレることはないだろうが、念には念を入れないとな」
俺は左隣を楽しげに歩くネメフィに言った。
戸籍やら何やらは後で適当に魔法で偽装するとしよう。
「はぁーい! ていうか、西園寺さんって誰?」
「西園寺さんは俺に仕事をくれた人だ。どうやら俺の魔法のことについて薄々気がついているらしくてな。今日は内密に話ができないかとカフェに呼び出したんだ」
ネメフィが来て一週間。俺はマンションの荷物の整理や掃除を終えて生活に落ち着きが出てきたので、昨夜、西園寺さんにひとつ連絡を入れたのだ。
前提や前置きを抜きにして、『話がある』。この一言だけだ。
スマホをずっと見ていなかったせいで西園寺さんからのメッセージが蓄積していたが、俺はそれらを全て無視した。
というのも、どうもあやふやなメッセージが多かったからだ。てっきり、自社の編集長であり突如として失踪した花柳院繁のことや、俺の魔法について触れるのかと思ったがそういうわけでもなく、これまで通り、仕事の進み具合や美味しいグルメなどの他愛もないメッセージばかりだったので、俺は直接会うまでは連絡を避けることにした。
西園寺さんのことは信頼してはいるが、まるで記憶が抜け落ちているかのように話が噛み合わなかったので、俺は信じ切ることができなかったのだ。
「ふーん。それは大変そうだねぇ。その……かふぇ? っていうのはどこにあるの?」
「すぐそこだ。くれぐれも静かにしてくれよ? 簡潔な自己紹介以外は口を開くことを禁止する。わかったか?」
俺の言葉に、ネメフィは無言で首を何回も縦に振っていた。
別にそんなにギュッと強く口を結ぶ必要はないのだが、まあ無駄なことさえ言わなければなんでも良いだろう。変なところで真面目なネメフィのことはそっとしておこう。
「……お、西園寺さんはもう来てるな」
小さな隠れ家的なシックなカフェの中には、既に西園寺さんの姿があった。
今日は日曜日ということもあり休みだったのか、いつものパンツスーツ姿のキャリアウーマン的な格好ではなく、可愛らしい白のワンピースを着ていた。
「ね、ねぇ! ニール! ちょっといい!?」
「なんだ? 静かにしてろって言っただろ?」
俺が入店しようとしたその時。
口を真一文字に閉じ切っていたネメフィが身振り手振りを交えて騒ぎ始めた。
「だって、僕、あの人知ってるよ? この前魔法をかけたもん!」
「ん? 待て……。詳しく説明してくれないか? 一体どういう経緯だ?」
思わず二度聞きしてしまいそうになったが、西園寺さんを待たせても悪いので俺は簡潔に受け答えをした。
「この前のハゲたおじさんいたでしょ? 少し前にあの女の人はそのハゲたおじさんと一緒にいたんだ! 場所は忘れちゃったけどね! それで、僕はお金も知識も何もないから、二人の記憶を操ることにしたんだ! そしたらたまたま女の人の方の記憶からニールの顔が出てきたから、僕はラッキーって思って催眠魔法をかけたんだ。そしたらこの前教えてくれたスマホってやつを取り出して、ニールに連絡を取ってくれたんだよね。何を話していたかは知らないけどね。いやぁ、異邦の地に飛ばされたのに、僕ってば中々機転が効くよねぇ? そう思わない? 結果的にニールにも会えたしねっ!」
ネメフィは何の悪気もない口調で説明してから俺のことをキラキラした目で見上げていたが、その説明は俺の頭の中にある情報を混乱させるには十分なものだった。
「……ん? となると……西園寺さんからの電話は全てお前のせいってことか……? どんな催眠魔法をかけたのかは知らんが、少量の魔力でできることといえば、俺に関する無作為な記憶を雑に操ることくらいか。ネメフィ……お前、やってくれたな」
「い、痛いよぅ! 頭をぐりぐりしないでよっ!」
ネメフィは涙目になって痛がっているが、こうでもしないと俺の気が収まらない。
全てはネメフィに振り回されていたということになるからだ。
西園寺さんからの電話も、話の噛み合わないメッセージの数々も、花柳院繁の失踪も、全ての話の辻褄が合った瞬間だった。
おそらく、西園寺さんは俺にそんな電話をしたことは覚えていないだろうし、今日も呼ばれた理由が全く分かっていなさそうな顔をしている。
「……はぁぁぁぁ……もっと早く気づけよ、俺……。まあ、気が楽になったからいいか。それと悪かったな、ちょっとやりすぎた」
俺は「ぅぅぅ」と唸りながら泣きそうになっているネメフィに回復魔法をかけた。
ネメフィも生きるためにやったことなので、責めても仕方がない。切り替えるとしよう。
「……僕もごめん。必死だったからつい……」
「ああ、お互い様だ。ほら、ホットケーキを食わせてやるからさっさと行くぞ?」
俺はしゅんと項垂れていたネメフィの手を引いて、店の中に入った。
ネメフィの顔は見えないが、手を握る力が強くなっているので問題はなさそうだ。
ホットケーキが何かは理解していないだろうが、食ったら頬が溶けてなくなってしまうだろうな。
異世界だと、硬いパンと干し肉、野菜の端切れのスープしかなかったしな。
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