第29話 幼女魔王は金髪碧眼
「帰ったぞー……って、寝てんのか。おい、起きろ。早く起きないと消し炭にするぞ」
幼女魔王を縛りつけて放置していた部屋に向かうと、幼女魔王は気持ち良さそうに目を瞑って眠りについていたので、俺は脅し代わりに魔力を一気に解放して強烈な圧をかけた。
「……はっ! ね、寝てたっ! あぁっ! 勇者ニール! 吾輩は魔王コカフォルクラン・ネ・メフィストステンだぞ! こんなことをして許されると思っているのかっ!」
すると、幼女魔王こと……コカフォルクラン・ネ・メフィストステンは……いや、呼ぶのが面倒だからネメフィにしようか。
改めて、ネメフィは透明な魔力で縛りつけられて芋虫のようになった全身をうねうねと動かしていた。
両手は後ろに回され、足はクロスした状態で縛りつけられており、完全に身動きは取れない体勢だ。
「……ネメフィ。質問していくから全てに答えろよ? まず一つ目。強制転生魔法をかけられた者は全ての力と記憶を失って別の異世界に飛ばされるはずだが、お前はどうして記憶があるんだ?」
俺はそんな芋虫状態になっているネメフィと視線を合わせて、強引に質問を投げかけた。
「し、知らない! それとネメフィってなんだ! 早くこれを——」
「——そして二つ目。勇者と魔王の最終決戦の時、俺はまだ幼いお前に情けをかけて殺さなかったはずだ。そんな俺の前にどうして現れた? 今度こそ殺してほしいとかそういうやつか?」
そして二つ目の質問も強引に投げかける。
ネメフィは全身に力を入れて頑張って足掻いているが、絶対に抜け出すことはできない。それどころか魔法だってろくに扱えない。
俺は元々この地球という星に生まれたので、消費した魔力をいつでもチャージすることができるが、ネメフィは異世界生まれということもあってそれができないからだ。
つまり、日本に来てしまった時点で、ネメフィはただの生意気な金髪幼女になってしまったというわけだ。
「……言いたくないっ!」
ネメフィは青色の瞳を細めて、頬をぷっくりと膨らませた。
「そうか。では、これが最後の質問だ。どうして花柳院繁に精神干渉魔法をかけた? 何が狙いだ? 異世界の次は日本でも支配しようとでもしたのか? 花柳院繁はそのための駒ということか?」
仮にネメフィが魔法を利用して世界の均衡を乱そうと企んでいるのなら、俺はここでネメフィを殺さなければならないが、ネメフィの態度や言動からはそんな感じは一切しなかったので、これはただの脅し文句だ。本気で言っているわけではない。
「それは違う! 吾輩はこの世界ではほとんど魔法が使えないから、他人を利用するしかなかったのだ! 老婆たちに『迷子かい?』『親御さんは?』って何回聞かれたと思ってる! 吾輩だって好きでこの世界に来たわけじゃないんだ! 気がついたらトウキョウタワーとかいうところの真下にいて、ケイサツとかいうおじさんに追いかけられて……とにかく、大変だったんだっ! 魔法が使えてのうのうと生きている勇者にはわからないだろうけどねっ!」
ネメフィは芋虫のような動きをピタッと止めると、下から俺の顔を見上げながら、マシンガンを撃つよりも素早く多くの言葉を吐いた。
「そうだな……確かに俺は魔法が使えるからここで人生を立て直すのは楽だったよ。でも、俺だって異世界に飛ばされた時は魔法も言葉も何もかもわからなかったんだ。泣き言を言うなとは絶対に言わないが、あまり悲観的にはなるな。お前が困っているのなら、勇者と魔王のよしみとして力を貸してやる。わかったか? それと、俺はお前を殺す気はないから安心しろ」
俺は勇者が魔王にかけるには甘すぎるくらいの言葉を口からこぼしていた。
情け、慈悲、憐れみ、言い方はなんとでもあるだろうが、俺は気がついたら口を開いていたのだ。
なぜなら、ネメフィが涙を流していた姿が、異世界に無理やり召喚された時の自分と重なってしまったからだ。
ネメフィは魔王ということもあって言語に関しては問題なかったみたいだが、やはりそれ以外は洞穴のゴブリンと天空のドラゴンくらいの差がある。
平和すぎる環境に適応するのにはかなりの苦労がいるし、ましてや魔王として扱われることのないただの金髪幼女には厳しい世界だろう。
「……」
ネメフィは口を真一文字にして黙り込んだ。
横顔しか見えないが、どういうわけか薄らと頬が朱色に染まっている。
「なあ、もしかして……俺のことを探してたってのは俺に会いたかったからか?」
だとしたら合点がいく話だ。
「ち、違う! わた……吾輩は別に貴様に会ってこの世界のことを教えてもらって、色々と助けてもらおうだなんて思っていないからな! そうだ! 絶対にだ! それと貴様のことなど探してはいない! 一人で街を歩いていたら、たまたま貴様のことを見かけたのだっ!」
ネメフィはだらだらと汗を流しながら焦った口調で捲し立てた。
そして、相変わらず芋虫のようなしなりの効いた機敏な動きを続けている。
「そうかそうか。今の発言で大体分かった。お前は俺と一緒にここに住め。一人だとこのマンションはあまりにも大きいからな。それと、毎日少しずつ魔力を分けてやるから、それが溜まったら異世界に転移しろ。魔王ぐらいの魔力のキャパがあれば可能だろう?」
魔力は制限付きではあるが、譲渡することが可能だ。
魔力というのは十人十色で、農民でも勇者でも魔王でも受付嬢でも、皆が皆、持っている魔力の本質は一致しないのだ。
そのため、他人に対して一気に魔力譲渡を行うと、譲受人の体はその魔力に対応できずにいとも容易く崩壊してしまう。
「……仕方ないから、その提案に乗ってやる……。喜べ、優しき勇者よ」
俺の言葉に、ネメフィは唇をとんがらせながら言った。
その表情はほんの僅かににやけている。
その正体は生まれてから十年もたっていない魔王だが、今はそこら辺にいる普通の子供とそう変わりはないな。
「はいはい。じゃあ早速同居人としての仕事だ。こっちに来て家具と家電の整理をするぞ。俺が魔法で移動させるから、一緒に配置場所を考えよう」
俺はだだっ広いリビングを埋め尽くしそうなほどの量があるダンボールの山に目をやった。
魔法を使って物を取り出すのは二足で歩くよりも簡単だが、問題は配置のセンスだ。
「ちょ、ちょっと! これを解いてよ! 吾輩はずっとこのままなのかっ!?」
「俺が一つ目の質問をした時点で魔力の縄は解かれている。お前が勝手に縛られていると勘違いしていただけだ。それと日本にいるなら”吾輩”という一人称を変えろ。魔王だからとかいう理由で使っているのだろうが、慣れてないのがバレバレだぞ」
俺は暴れるネメフィにそれだけ言って、そそくさと部屋から出た。
そして、高級感溢れる真白い扉をを閉めてダンボールの山と対峙する。
扉の向こうからネメフィの悲鳴のような驚嘆のような叫び声が聞こえてくるが、俺は無視して作業に取り掛かることにした。
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