第27話 金髪幼女の正体は

「魔力の残滓はない……か」


 俺は花柳院繁が連れて行かれた扉の奥に足を踏み入れていた。

 その間、なんの装飾も施されていない真白い通路を歩きながら、魔力を持つものの気配を探っていたが、ここら一帯には魔力を持つ者は存在しなかった。

 俺が気配を探れる範囲にも限界があるが、半径一キロほどは軽く探れるはずなので、花柳院繁を陥れた何者かは、既にこの場から離れているのだろう。

 多分、いや、絶対に俺の気配探知から逃れられる者はこの世界にはいないしな。


「精神干渉系の魔法を使った人間がいるはずなんだけどなぁ……っと、これは……」


 一本道の通路を進んでいくと、そこには目を凝らして漸くわかる程度の、薄い血痕が壁についていた。

 ところどころ擦り切れてはいるが、見たところ掌の痕だろうか。

 サイズからして成人男性。血の乾燥具合からして今日のものではなさそうだ。


「……で、次は階段か。なんか、うまく誘い込まれているみたいで不快だな」


 通路の最奥には下へと続く階段があったが、俺はどうにも違和感を感じざるを得なかった。

 ほんの僅かに幸運になる魔法を自身にかけたとはいえ、こうもうまく事が進むものなのだろうか。

 ラーメン屋の裏メニューを偶然言い当て、上を仕切っていたカマネェに偶然声をかけられ、こうして簡単な推理ゲームのようにトントンと話が進んでいた。

 まるでベルトコンベアーの上に乗せられた食肉用の動物のような気分だ。

 

「……」


 俺は階段に足をかけた。

 危険な気配は特に感じないが、若干の警戒心を持ちながら階段を下っていく。

 ここまで特に問題もなく、俺以外の人間の姿も見られない。さらに、下からは複数の気配を感じるが、どういうわけかほとんどが意識を失っているようだ。

 探れば探るほど怪しさが募るばかりだ。

 

「気配はここからか」


 バーの間接照明程度の明るさしかない階段だったが、その終わりはすぐにやってきた。

 一分ほど下ったところに、一つの観音開きの扉が設置されており、中からはどうも記憶に新しい気配を感じた。

 少なくとも日本で感じたものではない。だとすると、異世界で感じたものなのだろうか。だが、異世界の住人が日本にいることなど基本的にありえないので、ますますわからなくなってくる。


 何はともあれ、扉の先を見なければ答えはわからないままなので、俺はいつでも魔法を放てる準備を整えてから扉を開いた。


「っ! 花柳院繁!」


 すると、部屋の中央には重厚な鉄で造られた椅子に縛り付けられた一人の男がいた。

 顔を腫らして気を失っているが、綺麗にハゲた頭に年相応の顔のシワ、着なれているであろうくたびれたグレーのスーツ、西園寺さんから教えてもらった写真や特徴と比較してみても本人で間違いないだろう。


「息はある……誰がこんなことを……」


 幸いというべきか、花柳院繁にはしっかりと息があった。

 外傷だけ見れば出血も多く中々のものだが、内臓や骨の損傷はほとんどなく、重篤な状態ではなさそうだ。

 そんなことよりも気にするべきは、その周りに倒れ伏している数人の黒服たちだ。

 まるで横たえている。

 静かな心を取り戻した俺は、辺りを数回に渡って見回して、あることに気がついた。


「君は誰だ?」


 俺は重厚な鉄で造られた椅子の裏からひょこっと顔を出した金髪の幼女に目をやった。

 幼女は鼻息を荒くして俺のことを下から見つめており、小さな体をこれでもかとアピールするように、腰に両手を置いて胸を張っている。


「——ようやく来たか! 我がライバルよ! もう知っているとは思うが、戦いの前に自己紹介をしておくとしよう! 吾輩は魔王コカフォルクラン・ネ・メフィストステンである! 貴様と会うのは数ヶ月ぶりか! あの時の恨みはここで晴らさせてもらうぞっ!」


「……」


 幼女はたどたどしい言い方でビシッと俺に指を差して頬を膨らませていたが、俺にはなんのことかわからなかったので黙るしかなかった。

 この年頃の子は魔王や勇者、ヒーローやライダー、戦隊モノなど、わかりやすくてかっこいいものを好むのだろうし、こんな発言にいちいち言及する必要はないだろう。

 一つ気になったことといえば、どうしてこんなところに幼女が一人でいるのかという点だが、その辺りは魔法で解決するとしよう。


「なんかいえっ! 吾輩のことを無視するなっ!」


「……魔王コカフォル……なんだって?」


 幼女は子供特有の情緒の不安定さのせいか、訳もなくぷんすかと怒っていた。

 自身の体躯に対して、やや大きめの全身黒いマントのような服を身に纏っており、現代日本で生活するには些か不恰好な様が、子供っぽさをより一層引き立てている。


「勇者なのに吾輩の名前を知らないのかっ!?」


「君がどうしてこんなところにいるのか知らないけど、とっとと帰った方がいいよ。ママやパパはいないのかな? それならお兄さんが家まで送ってあげるから住所を教えてごらん」


 本当にショックだというような表情を浮かべている幼女に、俺は目線を合わせて優しく問いかけた。

 住所を教えてもらわなくても、魔法で記憶を操作して無理やり送還することもできるが、魔法についてバレるわけにはいかないので、うまい具合に手段を濁らせておく。


「おのれぇっ! 吾輩が既に魔力切れであるのをいいことに、貴様は吾輩のことを魔法で殺す気だなっ! 前回は強制転生魔法で敗れたが、今回はそうはいかぬぞっ! さあ、かかってこい! 勇者ニールよ!」


「っ! なあ……君、魔法やら魔王やら勇者ニールやら、終いには強制転生魔法って……どこでその言葉を知ったんだ? アニメか? 漫画か? それとも……」


 幼女の言葉には見逃せないワードがいくつもあった。

 中でも強制転生魔法というのは、俺が異世界で魔王にトドメを刺した際に使用した、一生に一度しか使えない魔法だ。

 相手をこの世から無のものとして別の世界に飛ばす代わりに、自身の魔力を全て失い、最悪の場合は身が滅びることもある諸刃の刃だ。

 俺は運良く生き延びたが、この幼女の言葉が正しいのなら……。


「吾輩がこの身を持って体感したから知っていて当然だっ! あの後、貴様にまんまと滅ぼされた吾輩は長らくの間、光と闇の世界を彷徨った。そして、ふと目が覚めた時にはこの世界にいた。それからほんの僅かに残された魔力を使って貴様のことを探した結果、こうして吾輩は貴様と再び対峙することが——ぅっ……き……さま……」


「すまないが、俺は君のことを危険人物だと判断した。しばらくの間は眠っていてくれ」


 俺は幼女がしみじみと語っている最中に確信に至った。

 この幼女が魔王本人なんだと……。

 だから、話の途中でうなじに手刀を落として強制的に眠らせた。

 続きはより安全なところで慎重に聞くとしよう。

 今は花柳院繁を救うことがなによりも大切だ。


「……記憶を消してから操作して、回復魔法で全快させて……っと……」


 俺は眠っている花柳院繁の頭の中にあるここに関する記憶を全てなんでもない内容に書き換えた。

 そして、手足と胴体を縛り付けていた縄を解いてから、回復魔法で全ての怪我を治し、魔法で花柳院繁のことを彼が住むマンションに強制送還した。

 最後の仕上げとして、この全貌の見えない謎の多い怪しい施設の人間の記憶から、俺という存在と花柳院繁という存在についての記憶を全て消去した。


「いくか。テレポート」


 全ての作業を終えた俺は、時間もいい頃合いなので、気持ちよさそうに目を瞑る魔王を担いで、新たなマンションに向けて一っ飛びした。

 まだ住んではいけない状態ではあるが、時間的にも後数時間で日を跨ぐので問題ないだろう。

 魔王を置いたらタナカ電気で全ての荷物を回収して、それからこの幼女魔王と話をつけるとしよう。

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